障害者の働く権利を確立するための社会支援雇用制度創設に向けての提言(案) 資料編 資料1 歴史的に見た障害者の就労施策の課題  参考文献1 「日本版保護雇用制度を求めてきた30年史」 鈴木清覚(2014加筆) ・・・・・・・・ P2 参考文献2 「労働行政サイドによる重度障害者雇用への取組みの推移」松井亮輔(2015加筆) ・・・・・・・・ P9 参考文献3  『日本版保護雇用(社会支援雇用)制度の創設に向けて』   作業施設(福祉的就労)共同研究グループ(2003年度?2004年度) 「障害者(児)の地域移行に関連させた身体障害・知的障害関係施設の機能の 体系的なあり方に関する研究」 ・・・・・・・・ P21 資料2 統計からみた障害のある人の就業状況 ・・・・・・・・ P22 資料3 4種類のアンケート調査から(社会支援雇用研究会実施 2014) ・・・・・・・・ P27 資料4 最低賃金減額特例の課題 ・・・・・・・・ P33 資料5 国際的な動向 ・・・・・・・・ P34 資料6 「ILO159号条約違反に関する国際労働機関規約24条に基づく申し立て書」と回答概要 ・・・・・・・・ P37 資料7 障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言 ・・・・・・・・ P37 資料8 平均賃金分布図(就労継続支援A型事業所) ・・・・・・・・ P38 資料9 合理的配慮との関係 ・・・・・・・・ P38 資料10 社会支援雇用事業所・就労継続支援A型事業所・特例子会社 対比表 ・・・・・・・・ P40 資料11 障害のある人の就業や生活の正しい実態把握を ・・・・・・・・ P41 資料12 縦割り行政組織の改革(福祉と労働の一体化を目指して ) ・・・・・・・・ P41 資料13 デイアクティビティセンターの創設 ・・・・・・・・ P42 参考文献1  「日本版保護雇用制度を求めてきた30年史」    鈴木清覚 2014.0624改訂版 1. セルプ協設立と政策提起  全国授産施設協議会(以下、全授協)は、1977年に設立され、障害者就労に関して今日まで様々な政策提言活動を行ってきた。本稿は、その経過の概要を辿りつつ、その制度化への反映について概括してみたい。  まず、全授協の結成は、1970年代の世界規模の経済の停滞と社会保障制度の危機と深くかかわっていた。わが国において第2次石油危機が押し寄せる中、全国の授産施設においては、企業の下請け作業を中心として行っていた構造もあり、企業からの仕事が激減し、仕事が全くなくなるという困難に直面していた。関係団体は、公的な仕事を求めて「授産施設官公需推進協議会」を結成し運動に取り組んでいる。この運動を基礎に全授協は結成されるが、この過程で、アメリカ合衆国で実施されているジャヴィッツ・ワグナー・オディ法を参考に、国や自治体からの公的な仕事の優先受注について研究され、「共同受注団」構想がまとめられている。さらにこの運動を推進してきた、伝統的な生活保護、社会事業授産施設を中心とする「授産事業協議会」と「身体障害者職業更生施設協議会」、知的障害分野の日本精神薄弱者愛護協会(現・日本知的障害者福祉協会、知福協)授産部会の3団体が、制度や障害の種別を越えて大同団結し結成されている。  全授協の結成そのものが、今日につながる重要な政策的基本課題を提起していたと言える。それは、障害者の就労支援を行う授産施設の基本は、仕事(事業)の確保と確立であり、その法制度化が重要な課題であった。また、利用者について、その制度と障害の種別を越えて、就労における社会的困難を共通点として統合する提案である。  仕事の確保の課題については、全授協を中心として政府(厚生労働省)への陳情、要望等の働きかけによって、「製品利用の促進」通知、「特別庁費」(受注開拓費)、「作業開拓指導員」の配置、「授産振興センター」の設置、「授産活動活性化特別対策事業」の予算化などの貴重な成果の蓄積はなされてきたが、法制度的には、身体障害者福祉法25条における(授産施設からの)「製作品の購買」条項以上には具体化されておらず、ここ数年において、議員立法として「ハート購入法」(官公受優先発注制度)などが検討されてきている。注)2014年、障害者優先調達推進法制定。  就労施策における各法対象、障害種別を越えて統合した就労支援事業と施策を行うべきとの提案はその後一貫して追求されてきた課題であるが、経過的には様々な変遷をたどり、2005年の障害者自立支援法において、ようやく施策の基本として承認され実施されることになる。 2. 最初の政策提言「人間復権の場をめざして〜福祉作業振興方策への提言〜」から小規模作業所対策の提言へ  全授協の結成後、社会保障や障害者施策において大きな変化に直面していくことになる。まず、大きな前進として、1981年の国際障害者年への取組みを通して、障害者の権利保障やノーマライゼーションなどの理念が明確に理解されることとなり、制度の見直しがすすめられていくことになる。同時に世界的な経済停滞と困難に直面し「新自由主義」にもとづく社会政策が実施され、社会保障の見直しと予算の抑制と削減が実施されていく。わが国においても「臨調(臨時行政改革調査会)」路線のもと社会保障制度見直しが次々に行われていくことになる。  全授協においては、こうした動向に主体的に対応していくための本格的な政策研究と提言に取り組んでいくことになる。  1983年末、全国社会福祉協議会(以下、全社協)のもとに、全授協が中心となり、当時、厚生省の担当課長として国際障害者年の推進に活躍された板山賢治氏を委員長に全日本精神薄弱者(後に、手をつなぐ)育成会、日本精神薄弱者愛護協会(現・日本知的障害者福祉協会)幹部らの参加を得て「授産事業基本問題研究会」(以下、基本研)を設置し2年間にわたる研究を行い提言を行っている。この研究結果のまとめは1985年6月に「人間復権の場をめざして〜福祉作業振興方策への提言人間復権の場をめざして〜福祉作業振興方策への提言」として関係者に報告された。それは、その後の政策提言活動の出発であり、土台となっているものである。  その主な内容は、授産施設の歴史、現状の問題点、機能と体系のあり方、方策に関する試案、事業振興対策の課題と方向である。  この提言には多様な内容が盛り込まれているが、核心部分は、「権利保障」や「保護雇用」制度を意識してまとめられている。  なお、「保護雇用」制度については、当時の全授協幹部を中心に研究や紹介が行われ、「福祉工場」制度(1971年身体障害者福祉工場、1985年知的障害者福祉工場、1992年精神障害者福祉工場)の創設の契機となっている。この本格的な研究は、社団法人ゼンコロが中心となり、1977〜1980年にかけて行われている (「保護雇用研究資料」社団法人ゼンコロ、1980)。  基本研においては、当時、3つの法律(生活保護法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法)にもとづいて、9種類にも及んでいた施設種別を下記のように3つの就労施設体系に統合することを提言している。 @ 提言内容(将来における授産施設の体系についての試案) 施設区分 作業能力と処遇の標準 @福祉作業施設A型 (最重度障害者の授産施設) 「標準作業能力」の概ね30%未満または@、Aの混合 労働関係法規適用除外  A福祉作業施設B型  (就労型の授産施設) 「標準作業能力」の概ね30%以上 労働関係法規部分適用(最賃のほぼ50%以上をめざす)  B福祉工場 (就労型の授産施設) 「標準作業能力」の概ね50%以上 労働関係法規完全適用(最賃のほぼ70%以上をめざす)  (労働関係法規の適用についての提言内容)    @福祉作業施設A型 原則として、労働関係諸法規の適用は除外するものとし、通所途上や施設内での災害補償については独自の保険制度を創設する必要がある。    A福祉作業施設B型 原則として、最低賃金のほぼ50%以上をめざし、労働法は労災保険法を適用するほか、その就労実態に応じて労働関係法規の一部適用を図り、利用者を雇用労働者に準じて処遇するように努める。細目については今後の検討課題とする。    B福祉工場 原則として、最低賃金のほぼ70%以上をめざし、労働関係法規は完全に適用する。ただし、作業能力の低い対象者を雇用しても最賃を保障できる工場についてはこの限りではない。 注) 施設区分は厳格に線引きすることは困難であり、法的規制を設けること等は望ましくない。また、施設区分の適用や利用者の処遇の決定にあたっては、実態に応じ弾力的に運用すべきである。  この提言の特徴は、ヨーロッパの保護雇用モデルを参考に「標準的作業能力」によって、A型を30%未満、B型30%~50%、福祉工場を50%以上と設定していることである。この制度提言の前提は、障害種別等の制度を越えた「混合利用」による体系である。障害の認定の見直しを行い、利用者を拡大する。労働法規適用については、福祉工場への全面適用とB型への部分適用、そしてそれぞれの賃金水準の設定を提案している。  また、就労施設は通所を基本とし、居住施設については、「生活援護施設」「住宅提供施設」とし地域での小規模化した施設体系をも提案している。この提案は、グループホーム制度化への端緒となった。  これらの制度化をめざして次のような整備を求めている。 ○ 現状の授産施設は、全体としては極めて生産性が低く、今日の高度産業社会と比較すると様々な面で前近代的で遅れた現状にあり、賃金水準は極めて低いと言える。この経営体質の改善と、授産施設の事業における振興策が必要。 ○ 現行の授産施設における利用者は「社会福祉施設の利用者」の範囲で処遇され、「一人の労働者」としての位置づけはなく、現実には社会的な労働過程に参加しながら「同一年齢の他の人々との同等の権利」は保障されていない。一定の基準を設けて労働保険や社会保険の全面的な適用を行い、授産施設に働く人々の労働者性の確立と拡大を図る改善が必要。 ○ 授産施設の入所および利用についての判定システムの確立をすすめること。 ○ 中長期的には「障害者総合福祉法」を制定し、そのもとで障害者の福祉的就労に対する「福祉的就労法」などを制定すること。  さらに、事業振興対策として、中央・地方における共同受注組織の確立、官公需優先発注、民需の奨励の法制化が提言されている。  この提言には、今日につながる基本事項がほぼ盛り込まれている。しかし、この提言は、全授協と関係団体での学習運動、授産施設を所管する行政(当時、厚生省生活課、更生課、障害者福祉課)への働きかけと懇談は行われたものの労働行政や政治の課題にしていくことができず、多くの不十分さを残した。  この提言に引き続き、急増する小規模作業所問題に対応すべく、「小規模作業所のあり方」についての研究会が全社協内に設置され、1989年に「重度障害者の社会生活を保障するために」として提言されている。この政策提言では、小規模作業所の現状、急増の背景としてわが国における重度障害者、精神障害者への施策の不備を指摘する一方、地域における重度障害者支援システムを創設・確立、相談支援体制の確立など制度改革の必要性などが指摘されている。全体としては、小規模作業所の実態に即して現行制度(定員、資産要件、基準面積)を緩和することで、それらの作業所に制度を適用できるようにすることが中心となっている。また、国の制度として、重度障害者の通所施設の創設、社会福祉法制の定員等の基準緩和などの一環として「分場制度」が提案されている。 3. 厚生省の改革提言と全授協の基本提言  1980年代後半から90年代前半には、消費税導入、社会福祉制度全体の改革として、福祉関連8法改正(1990)が行われ、施設福祉から地域福祉への大きな転換が方向づけられる一方、国際労働機関(ILO)159号条約(障害者の職業リハビリテーション及び雇用に関する条約)の国会での批准(1992)がなされた。 また、基本研以来の提言に基づく、制度改善のいくつが実現してきたこと。例えば、混合利用制度(その後、相互利用制度)、分場制度、グループホーム制度、精神障害者の授産施設制度などの創設である。  しかし、障害基礎年金の創設とセットで、身体障害者分野において無料であった徴収金(施設利用料)が知的障害の分野と併せて導入され、その反対運動が全国規模で展開されていくことになる。  厚生省においては、こうした動向を踏まえて、1991年5月に、社会局、児童家庭局、保険医療局の3局長のもとに、京極高宣氏(当時日本社会事業大学教授)を委員長とし、関係団体代表者らで構成される「授産施設制度のあり方検討委員会」を設置し、検討を行い、翌年7月に提言をまとめている。  全授協では、こうした厚生省の動向に対応して、「授産施設制度改革推進委員会」を設置して検討を重ねつつ、全国的な議論と運動を展開し、1992年4月に「授産施設制度改革の基本提言」(以下、基本提言)を決議している。  また、全授協では、両提言で示された、長年の課題であった名称改革にCI戦略を導入し、授産制度の改称に取り組み、新たな名称として「社会就労センター」「SELP;Support of Employment, Living and Participation:セルプ」を決定している(以下、全授協はセルプ協という)。  しかし、厚生省とセルプ協提言との決定的な違いは、厚生省提言は、現行法制度を前提とした予算措置や通知等による改革案であり、セルプ協は、現行の法制度の改革、つまり、「総合福祉法」の制定を行い、新たな制度創設に取り組むことを提言していることである。  厚生省提言が@就労を重視し、高い工賃を目指す福祉工場、A訓練と福祉的就労(作業)の機能を併せもつ授産施設、B社会参加、生きがいを重視し、創作・軽作業を行うデイサービス機能をもつ施設、の3体系として整理しているのに対して、全授協提言では、基本研での3体系から、重度障害者の「作業活動センター」、官公需等の振興策により、働く権利の拡大を図る「新しい福祉工場」制度の2体系として提言している。  調一興氏、斎藤公生氏らセルプ協幹部が両方の委員会に参加したこともあり、多くの点で、共通した改革方向が示されることとなった。具体的には、定員規模の引き下げ、相互利用の推進、職住分離、生産性の向上と工賃の引き上げ、費用徴収の軽減などである。これらの提言にもとづき、定員規模の引き下げや通所施設においてはほとんど費用徴収が減免されるなどの改善が図られ、大きな前進が実現していくことになる。 これらの提言の具体化をめざし、1995年〜96年にかけて、全社協では、重度重複障害者の新たな施設制度の創設に向けて「障害者地域生活支援に関する調査研究委員会」を設置。高松鶴吉氏(当時西南女学院大学教授)を委員長に、関係団体の代表が参加して、就労の困難な重度・重複・重症な障害者のための本格的な通所制度創設について検討し、「デイセンター構想」といわれる提言をまとめている。この提言は、全国的に周知されたため、大いに期待されたが、厚生省の予算と法制上の壁によって実現には至らず、通所療護施設制度の創設とデイサービス事業の予算増額での対応となった。 4. 障害者基本法、基礎構造改革と全授協の新・基本提言、あり方提言  1990年代には、障害者福祉をはじめ社会福祉制度改革が連続して行われていくことになる。1993年には、2年がかりで国会審議されていた「障害者基本法」(「心身障害者対策基本法」(1970年制定)の改正)が成立。同改正法に基づき、95年には、高齢、児童分野に続いて「障害者プラン−ノーマライゼーション7ヵ年戦略−」が決定される。さらに、96年から厚生省においては、障害者関係3審議会による合同企画分科会が設置され、障害者施策の全面的な見直しが進められつつあった。  セルプ協は、こうした動向を踏まえつつ、第2次とも言える「制度改革特別委員会」を1998年に設置し、検討した結果、‘92基本提言を具体化した「新・基本提言」を決議している。この新・基本提言では、’92基本提言からの改善の推移を検証しつつ、具体化と推進のための提言を行っている。社会就労センター(授産施設)については、「重い障害があるために就労することが困難な人たちのための障害者活動センター(仮称)を創設する一方、一定の賃金保障(当面、最低賃金の3分の1以上、将来的に2分の1をめざす。)を行いつつ「賃金補填の制度」の検討を行い、将来的に労働法規の適用の検討を行うことを方針化している。 この他に施設の小規模化として定員引下げと施設機能の複合化、職員配置の強化、地域生活の推進、事業振興策、費用徴収の原則撤廃などが提言されている。この提言は、厚生省の合同企画分科会に対応して、検討され、提言されものであるが、この検討の最中に、社会・援護局長のもとで「社会福祉基礎構造改革」(以下、基礎構造改革)の検討がすすみ、具体化されていくことになる。 この基礎構造改革の議論と平行して、措置制度から利用契約制度への移行を見据えつつ、現実の利用者のニーズと実態把握すべく、4,000人を超える障害当事者および家族を対象とするアンケート調査が、「障害者が授産施設を出て地域で自立生活できるよう援助するための方策についての国際調査研究事業」として行われた。その調査結果から、多くの障害者や家族が、一般就労移行や地域生活移行への要望を持っていることが確認できたことを踏まえ、「働く・くらす−社会就労センターからの提案」として提言されている。その主な内容は、これまで提言し続けてきた、権利保障としての労働や事業振興策に加えて、@地域就労・生活支援の一体的提供、A雇用への移行支援と福祉就労の双方向のサービス提供システムの構築、B企業や職業リハビリテーション関係機関との連携の促進、C地域生活実現のための支援施策の拡充策などである。  基礎構造改革の具体化として、福祉法の全面改正、厚生省と労働省の省庁統合の実現という大きな変化の中で、両省にまたがる就労施設・事業を基礎とするセルプ協は、絶好の機会として、2001年4月から社会保障審議会等で中心的な役割を担ってきた三浦文夫氏(当時武蔵野女子大学特任教授)を委員長に、研究者、弁護士、セルプ協幹部から構成される「社会就労センターのあり方検討委員会」を立ち上げ、社会就労センターの歴史と法制度的な検討、国際比較検討、労働者性についての法的検討など、これまでの政策提言の総括的な検証とまとめの作業を行い、2002年に「最終報告書」として提言をまとめている。  この「最終報告書」では、5法15種類に分立する授産施設を社会就労センターとして統合し、ILO条約・勧告やヨーロッパでの取組みを踏まえた基本的な機能として「一般就労が困難な障害者に一定の支援のもとに就労の機会を提供すること。そこでの継続的な就労は「労働」そのものであり、そのため障害者の働く権利を積極的に保障・拡大する観点から実態に即し労働関連法規(労基法、最賃法、労災法、安全衛生法)を適用する。」ことを提言している。また、地域における拠点機能を確立するために、雇用支援、地域生活支援機能の併設や、障害者が地域で働き・暮らすネットワークとして関係機関、当事者、サービス提供事業者から構成される、「地域サービス調整等会議」の設置が、提案されている。この提言は、後に地域における「自立支援協議会」などに具体化されていく提案である。 5. 支援費制度、自立支援法と厚労科学研究としての就労5団体「作業施設体系に関する研究」 障害分野での基礎構造改革の具体化として、契約にもとづく福祉サービスを提供する「支援費制度」が2003年から実施された。しかしこの制度は、選択の自由やサービス利用における自己決定の尊重を理念として掲げたこともあり、これまで抑制されていた在宅サービスを中心に爆発的なサービス利用が促進された結果、サービス利用が国の予算額をはるかに越え、制度の存続が危機を迎えていた。 支援費制度の危機と介護保険制度の見直しを踏まえて、2004年1月には厚労省に介護保険改革本部が設置され、障害者の福祉サービスと介護保険との統合が本格的に検討されることになる。しかし、就労支援についてはさすがに介護保険との統合とはならず、厚労省は「障害者の就労支援に関する省内検討会議」を設置し、検討を開始している。また、介護保険との統合は、障害者団体をはじめ経済団体や地方自治体の反対もあり実現せず、この年の秋には改革のグランドデザインが提示され、12月には障害者自立支援法が示され、具体化されていくことになる。 この激しい変化の時期、厚労省として障害者施設の体系のあり方が、ひき続き課題となっていた。厚労科学研究としてこのテーマがとりあげられ研究が、開始されている。そのメンバーとして参加した、セルプ協・斎藤公生氏、日本知的障害者福祉協会・小板孫次氏、きょうされん・藤井克徳氏らは、2003〜2004年の2年間にわたり精神障害者分野も含む、障害者就労支援5団体の代表と共同で、セルプ協をはじめとした先行研究の検討と就労施策の現状と課題の洗い出しと新しい体系を主な課題として研究を行っている。その結果、全種別の障害者を対象とし、職住分離の徹底、労働と福祉施策の統合効果を前提として、就労支援を含む日中の全体施策として、いわゆる「3類型」仮説(一般雇用、社会支援雇用、重度重複障害者のための通所施設として、地域活動支援センター)を基本に、その多機能複合ユニット化での整備が提言されている。社会支援雇用は、ILOが勧告している「保護雇用」を日本の法制度や労働慣行に即し具体化する提案である。ある意味、これまで長い間意識されてきた「保護雇用」制度の実現を正面に掲げた提言と言える。この社会支援雇用は、授産施設や福祉工場など労働の場の発展型としての社会就労センター、雇用移行支援、適正就労支援(相談、調整機能)、訓練能力開発、職業斡旋、などの総合的制度システム、さらに、働く障害者を労働者として位置づけその権利を保障するために、賃金補填、仕事の確保、人的支援、さらには地域における就労支援のネットワークづくりなどが提案されている。 この厚労科学研究がすすめられていた最中に、グランドデザイン、自立支援法と矢継ぎ早の制度改革が進行し、研究成果の十分な反映はなされなかったが、制度化への政策アイデアや名称が活用され、提言の真髄とも言える働く障害者の権利の拡充がなおざりにされてしまったと言える。 以上、この30年余に及ぶ政策提言活動の経過概要を紹介したが、セルプ協は、時々の障害者施策の大きな変化に対応し政策制度の提言活動を展開してきている。経過において明らかなように、障害者福祉施策や制度において改善と充実に貢献してきたと言える。  しかし、労働の権利の拡充、あるいは社会支援雇用(保護雇用)の具体化という点においては、これまでのところみるべき成果はない。それは、いつも提言の具体化に際して議論を行ってきたが、労働施策における行政の強い抵抗や拒否感とも言える対応があったためである。また、期待された2001年の厚生省と労働省の統合効果もこの分野に大きな変化をもたらすものではなかったと言える。 参考文献2 「労働行政サイドによる重度障害者雇用への取組みの推移」 松井亮輔 労働行政サイドとして福祉行政サイドの制度と関連づけて、「重度障害者」雇用への取組みが本格的にはじまったのは、1976年の身体障害者雇用促進法(1960年制定)の改正以降といえる。そうした取組みのうち、とくに注目されるのは、1981年に当時の労働省職業安定局長の私的研究会として設置された「重度障害者特別雇用対策研究会」報告書(1982年)での提言である。 以下では、関連の取組みについて、1.1976年の身体障害者雇用促進法改正以前、2.1976年の同法改正、3.1980年に設置された重度障害者特別雇用対策研究会での検討、4.1987年の障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)への改正、5.それ以降の展開、に分けて取り上げることとする。 1.1976年の身体障害者雇用促進法改正以前  1972年度、身体障害者福祉法に基づく身体障害者授産施設の一種として身体障害者福祉工場が制度化された。同福祉工場は、「重度の身体障害者で作業能力はあるが、職場の設備・構造、通勤時の交通事情等のため一般企業に雇用されることの困難な者に職場を与える」ことなどを目的としたものである。こうした職場は、本来であれば、労働施策として整備されてしかるべきであったが、当時労働行政サイドでの取組みが遅れていたことから、福祉行政サイドが雇用に踏み込んだ形で、福祉工場が制度化されることとなった。  しかし、その翌年度には、従業員のうち障害者を常時50%以上かつ10人以上雇用する事業所(心身障害者多数雇用事業所、いわゆるモデル工場)を新設(または増設)する事業主に対して、これに要する建物、機械設備等(土地を除く。)に必要な資金の80%までを雇用促進事業団(現・独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)が長期低利の条件で融資する制度(いわゆるモデル工場融資制度)が労働行政サイドで制度化されている。このモデル工場によって、一般企業への障害者の雇用の促進に影響を及ぼすことを意図したものである。  1976年の身体障害者雇用促進法の改正で身体障害者雇用率制度(以下、雇用率制度)にあわせ創設された身体障害者雇用納付金制度(以下、納付金制度)に基づき、重度障害者多数雇用事業所施設設置等助成金が設けられたことから、モデル工場融資制度は、1981年度に廃止され、納付金制度に基づく助成金制度に引き継がれることとなった。  福祉工場とモデル工場の基本的な違いは、前者は福祉施設の一種と位置づけられていることから、建物・機械設備への一定の公的補助に加え、運営費についても支援職員の人件費を含め、一定の公的補助があるのに対し、後者の場合、制度化当初は、低利融資と税制上の優遇措置などを除き、公的補助はなかったが、1976年の納付金制度創設後は、建物・機械設備に対して一定の助成金が出るようになったことに加え、法定雇用率を上回って雇用している障害者数に応じて、報奨金(2014年度現在、1人あたり月額2万1千円)が支給されることになった。なお、納付金制度に基づく助成金や報奨金は福祉工場を運営する社会福祉法人にも支給される。つまり、1976年の身体障害者雇用促進法の改正で納付金制度が創設されて以降、部分的とはいえ、社会福祉法人も同制度を利用できるようになったわけである。 2.1976年の身体障害者雇用促進法の改正  同改正で雇用率制度にあわせ創設された納付金制度に基づき、常時300人以下の常用労働者を雇用する事業主のうち身体障害者、知的障害者または精神障害者を多数雇用する事業主については、その負担の軽減を図るとともに、その雇用を奨励し、維持することを目的として報奨金が支給される。また、障害者を労働者として雇い入れるか、障害者である労働者を雇用している事業主であって、一定の要件を満たしている場合、重度障害者多数雇用事業所施設設置等助成金、障害者介助等助成金および職場適応援助者助成金を含む、各種の助成金が支給される。  前述したように、納付金制度に基づく報奨金や助成金は、一定の要件を満たしている福祉工場を運営する社会福祉法人にも支給される。したがって、福祉工場は、納付金制度にかかる部分については労働施策とリンクされたが、福祉工場そのものを労働施策に取り込むということにはならなかった。  1981年5月、重度障害者多数雇用事業所として融資または、納付金制度に基づく助成金の支給を受けた140の事業所により「重度障害者多数雇用事業所協議会」が結成された。同協議会は1989年5月に労働大臣から公益法人の認可を受け、「社団法人全国重度障害者雇用事業所協会(全重協)」となった。全重協には、助成金の支給を受けた一部の福祉工場も会員になっているが、これまでのところ全重協として福祉工場を含む、福祉的就労のあり方について具体的な意見表明はしてはいない。 全重協の会員数は、2014年現在、賛助会員を含め、324事業所とされる。これは2010年3月末現在の会員数326事業所(正会員283事業所、賛助会員43事業所)とくらべ、2事業所減となっている。つまり、全重協の会員数は、近年まったく増えず、むしろ微減状況になっている。その間、特例子会社数は、326社から391社に増加していることを考えると、全重協は、特例子会社への影響力をほとんど持ち得ていないといえよう。 3.1980年に設置された重度障害者特別雇用対策研究会による検討  1976年の身体障害者雇用促進法改正で、重度身体障害者(以下、重度障害者)の雇用をすすめるため、重度障害者については、雇用率制度および納付金制度におけるダブルカウントの措置、各種助成・援護制度における支給期間の延長、手当の増額等の特別措置が講じられてきた。しかし、そのような諸対策だけでは直ちに一般雇用に就くことが困難な重度障害者(以下「特別重度障害者」)も相当数見られることから、これらの障害者に対して適切な雇用の場を確保するための対策について検討することを目的として、1980年3月に労働省職業安定局長の私的研究会として「重度障害者特別雇用対策研究会」が設置された。 同研究会では、授産施設、福祉工場等関係施設の視察や関係者、関係団体からの事情聴取を行うとともに雇用促進事業団雇用職業総合研究所(現・独立行政法人労働政策研究・研修機構)の協力を得て重度障害者の就業実態調査を行っている。 10数回にわたる同研究会の検討の結果は、1982年1月重度障害者特別雇用対策研究会報告書としてまとめられている。同研究会で検討された中心的な課題は、欧州諸国で取り組まれている「保護雇用」制度である。同研究会(に代表される労働行政サイド)は、「保護雇用」をつぎのように評価している。 (1)「保護雇用」制度に関する労働行政サイドの見解  「欧州諸国では各種の『保護雇用』制度が設けられており、わが国においても『特別重度障害者』に対しそのような制度を設けるべきであるとの意見もみられる。  『保護雇用』は、その定義が必ずしも明確ではないが、その目的は雇用・就業の場を提供するとともに職業リハビリテーションの役割を果たすことにあり、その形態には、 (イ) 保護工場(シェルタードワークショップ) (ロ) 企業内保護雇用(一般企業の生産工程の一部を保護工場からの出向障害従業員が受けもつ方式) (ハ) 在宅雇用(保護工場への通勤が困難な障害者のためのプログラムで、保護工場の在宅雇用部門) (ニ) 戸外作業プロジェクト(公園等の公共施設の維持管理を中心としたプログラム) (ホ) 事務作業プロジェクト(図書館、博物館等での専門的、技術的作業を主としたもので、頭脳労働に適した障害者のためのプログラム) (ヘ) 障害者生産協同組合(旧東欧諸国で広く見られる障害者による生産組織) (ト) 官公庁または民間企業等における単一もしくは集団のポスト(国から一定額の賃金補助が行われる制度) 等種々のものがあって、各国の『保護雇用』制度はこれらのいくつかの組み合わせからなっている。・・・  『保護雇用』には、次のような保護的措置が見られる。 (イ) 専門職員等に対する人件費の補助 (ロ) 障害者の賃金補助 (ハ) 施設・設備の補助 (ニ) 運営に関する必要な補助(経営上の赤字補填の措置)  このように保護的措置には種々のものがあるが、継続的な関係である『雇用』の性格との関連から、これらの措置が通常継続的に講じられるところにその特徴がある。また、『保護雇用』には、必ずしもこれらの措置がすべて講じられているとはいえず、一部の保護的措置のみがとられている『保護雇用』もみられる。  以上のように一口に『保護雇用』といってもその形態、保護的措置の範囲等は様々であり、このことがわが国において『保護雇用』の議論をする場合に混乱を生じさせる一因ともなっている。  そのため、本研究会においては『保護雇用』をとりあえず『何らかの保護的措置が継続的に講じられている雇用・就業』と定義し、その問題点等について検討することとする。  『保護雇用』の場は、イギリスのレンプロイ工場に代表されるように、特定の障害者を一定の場所に集中的に雇用・就業させる形で具体化されており、これが欧州諸国においても最も大きなウェイトを占めている。しかし、こうした形態が望ましいものであるか否かについては国際的にも種々の意見がみられる。即ち、『保護雇用』は、一般の労働市場になじまない重度障害者の雇用・就業の場を確保する上で効果のある手段であると評価する意見がある。一方ではこれを問題視する意見もあり、『保護雇用』は結果的には『ノーマライゼーション』の理念に反すること、運営に対する継続的な公的補助が行われているところでは、財政的負担も大きくなりがちであり、これを見直すべきとの議論もあること、さらに、一般雇用への移動を目的とする職業リハビリテーションの機能を有している場合にも、結果的には滞留現象をもたらしていることのほか、障害者自身の労働意欲を低下させる面がみられることなどの問題があることも指摘されている。   『保護雇用』を前述のように、『何らかの保護的措置が継続的に講じられている雇用・就業』と定義すれば、その一形態はわが国においてもみることができる。・・・福祉工場がこれであり、障害者の賃金補助や運営上の赤字補填の保護的措置は講じられていないものの施設・設備に対する補助が行われ、福祉的サービス部門や管理部門への補助を通じ運営に対し一定の継続的な助成が行われている。  この福祉工場では、雇用関係が成立しているものの制度上は授産施設の一種とされており、これに伴い、実態面でも種々の問題もみられるので、その位置づけ等についてさらに検討されることが強く望まれている。」  この報告書の骨子は、身体障害者雇用審議会(現・労働政策審議会障害者雇用分科会)での審議を経て意見書(1982年2月)の「現状では直ちに一般雇用に就くことが困難な者に対する対策」に盛り込まれることになった。  同意見書は、現在までにとられてきた諸対策だけでは直ちに一般雇用に就くことが困難な者に対する適切な雇用対策について、「いわゆる保護雇用については、重度障害者の雇用・就業の場を確保するうえで効果のある手段であると評価する意見がある一方、『保護雇用』は結果的にはノーマライゼーションの理念に反するのではないかという意見もあることに加え、結果的には一般雇用への移動を少なくし、滞留現象をもたらすこと等の問題がある」旨を指摘し「わが国においては、重度障害者対策を立案するにあたっては、ノーマライゼーションの理念に立脚することを基本的視点とすべきであることから、これらの重度障害者についても、民間の活力とノウハウを生かしながら可能な限り一般雇用の場に就けることを原則として、わが国の雇用慣行等の実情にあった対策を確立することが望ましい」とし、具体的には「地方公共団体も出資するいわゆる第三セクター方式による重度障害者雇用企業を育成することが有効な対策である」旨を指摘している。 (2)「第三セクター企業」の育成  労働省では、この意見書を受け、(「保護雇用」の場の創設にかわるものとして)第三セクター方式による重度障害者雇用企業(以下、第三セクター企業)の設立を促進することとし、1983年度よりその育成事業を開始した。 「第三セクター企業で中心的に雇用されることとなる『重度の障害者』は、これまでの雇用対策の対象となっていた障害者に比し多様な問題を持っているので、従来以上に都道府県の福祉対策、教育対策等との密接な連携に配慮することが不可欠である。」とし、第三セクター企業がとくに配慮すべき事項として、次のようなことが掲げられている @ 賃金、人事上の処遇(賃金水準・形態、労働時間、昇進等) A 能力開発(指導者の配置、研修等) B 指導員、医師の配置(生活指導、健康管理等) C 施設・設備(作業設備の改善、福利厚生施設の改善等) D 通勤(住宅、駐車場等の確保)」とされる。 (3)第三セクター企業のその後の展開  第三セクター企業が1983年度に制度化された当初は、少なくとも各都道府県に1ヵ所設置させるよう指導することが目標とされたが、2013年3月末現在第三セクター企業数は、15都府県で21ヵ所(うち、東京2、大阪3、兵庫2、福岡2、千葉、長野、岐阜、静岡、愛知、三重、滋賀、鳥取、岡山、広島、熊本、長崎各1)にとどまっている。その一方で、1976年に制度化された特例子会社は、2014年6月1日現在391ヵ所(障害者雇用実数(重度障害者をダブルカウントしない人数)は、15,262人)に上る。  第三セクター企業が増えない要因について調査分析した資料はないが、その主たる要因としては、第三セクター企業に対して建物・機械設備や、能力開発や生活指導などに携わる一部職員などについて納付金制度に基づく一定の助成はあるものの、そこで雇用される重度障害者数はごく限られていることから、それらのごく限られた重度障害者のために共同出資者としてその運営に長期的にコミットすることを躊躇する地方公共団体が少なくないためと考えられる。  なお、雇用対策と福祉対策が連携する地域プロジェクトとして1982年度「授産施設と企業との連携による重度障害者等特別能力開発訓練事業」が制度化されている。同事業は、授産施設を運営する社会福祉法人が地域の企業から必要な施設・設備の提供・貸与、能力開発訓練担当者の派遣をはじめとする各種の協力を得ながら当該授産施設を利用している重度障害者の雇用可能性を高め、一般企業に就職できるようにするための特別の能力開発事業を実施する場合、納付金制度に基づく障害者能力開発助成金を活用し、当該授産施設に対する措置(施設設置および運営費の助成)を講ずることとし、これらの重度障害者の一般企業への就職の促進を図ることとしたもの。同事業は、能力開発訓練を通じた雇用対策と福祉対策の橋渡しが期待されたが、2014年3月末現在、設置数は1ヵ所(神奈川県)にすぎない。  第三セクター企業にしても、「授産施設と企業との連携による重度障害者等特別能力開発訓練事業」にしても、当初意図したような展開ができえていない要因を分析し、必要に応じてその制度を抜本的に見直すといった対応がなされてしかるべきにもかかわらず、現在までのところそのような取組みは行われず、法改正のたびに従来のメニューにくわえ、新たなメニューを小出しにしているのが実態といえる。こうした現状を打開するには、思い切ったスクラップアンドビルドが必要と思われる。 (4)重度障害者をめぐる議論  1982年1月に策定された「障害者対策に関する長期計画」で障害者の雇用対策の基本方針について「重度障害者に最大の重点を置き、その雇用を阻害する諸要因を把握しつつ、可能な限り一般雇用の場を確保するよう障害者の特性に応じたきめ細かな諸対策を講ずること」とされたが、「重度障害者」をめぐる議論は、つぎでみるように、いまだ決着がついていないのが、実情である。 「重度障害者の範囲については1982年の身体障害者雇用審議会の意見書において『身体障害者雇用促進法の重度障害者の範囲は、身体障害者福祉法上の1級および2級の者とされているが、必ずしも職業能力の低下の度合を反映していないため、職業能力の観点から見直す必要がある』旨の指摘がなされた。この指摘を受け、1982年6月『重度障害者の範囲に関する研究会』を設置し、検討が行われた(同研究会報告は、1983年3月に出されている)。 その結果、脳性まひによる全身性障害者等については重度障害者として取り扱うべきとの結論を得た。しかし、重度身体障害者の範囲を職業的観点から全面的に見直すことについては、@身体障害と職業能力の低下の関係を正確に関連づけるとともに、作業設備の開発、改善状況等企業側の受け入れ体制等を総合的に勘案する必要があること、A雇用率制度および納付金制度の円滑な運営を行うには適正かつ簡便な判定ができるような基準をつくる必要があること等の理由から相当程度の期間を要するものであり、脳性まひ者以外の身体障害者については、今後長期的視点に立って慎重に検討する必要がある。  重度障害者の範囲については、雇用率制度および納付金制度において企業側も適切かつ簡便に判定できることがこれらの制度の円滑な運営にとって不可欠である点なども考慮すると、当面身体障害者福祉法施行規則の等級表を利用してその範囲を定めることが実務的観点からは一つの適切な方法であろう。 なお、雇用の対象とする『重度の障害者』は少なくとも職場における身辺処理能力を有すること(注)を前提とすべきことは当然である。」(身体障害者雇用審議会意見書「国際障害者年を契機とする心身障害者雇用対策の今後の在り方」、1982年2月)とされた。 [(注)1992年の障害者雇用促進法の法改正で、「障害者介助等助成金」の1つとして「職場介助者の配置または委嘱助成金」ができたが、その助成金を受給する要件は、「事務的業務に従事する重度視覚障害者、重度四肢機能障害者の業務遂行のために必要な職場介助者の配置または委嘱とされる。したがって、この助成金は、基本的には、対象となる障害者の「身辺処理」(日常生活行為)を支援することを意図したものではない、といえよう。] (5)(賃金補助としての)特定求職者雇用開発助成金の制度化  1981年度には、納付金制度に基づく助成金とは別に、雇用保険を財源とする特定求職者雇用開発助成金が制度化された。これは、公共職業安定所の紹介により障害者を常用労働者として雇用する事業主に対して、雇い入れた障害者に支払う賃金の一部に相当する額を助成金として支給する制度で、1981年度の支給額は、障害者に支払った賃金の4分の1(中小企業については3分の1)、重度障害者等の場合は3分の1(中小企業については2分の1)で、支給期間は、雇い入れた日から1年(重度障害者等の場合は1年半)となっている。1987年度については、緊急雇用対策の一環として助成率が4分の1から2分の1へ(中小企業事業主に対しては3分の1から3分の2)、重度障害者等については3分の1から3分の2へ(中小企業については2分の1から4分の3)にそれぞれ引き上げられた。  同じく1981年度納付金制度に基づく助成金として重度中途障害者等職場適応助成金(障害者1人当たり月額3万円を3年間支給)が創設された。この助成金は、前述の特定求職者雇用開発助成金との併給が認められている。  しかし、特定求職者雇用開発助成金にしても、重度中途障害者等職場適応助成金にしても賃金補助期間は限られており、3年以上にわたる継続的な賃金補助の制度化は、考えられていない。 4.1987年の障害者雇用促進法への改正  1983年のILO総会で「職業リハビリテーション及び雇用(障害者)に関する条約」(第159号条約)が採択されたことから、わが国としてその条約を批准するための対応として1987年に身体障害者雇用促進法の改正が行われた。  その主な改正内容は、つぎのとおりである。 @雇用率の対象となる者の範囲を身体障害者から知的障害者、精神障害者を含むすべての障害者に拡大するとともに、雇用の促進のための施策に加え、・・・障害者の雇用の安定のための施策を充実強化し、これに伴い、法の名称を「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下、障害者雇用促進法)に改めること、A知的障害者についてその雇用を義務化しないものの、雇用率制度および納付金制度については身体障害者と同様の取扱いとすること(なお、1997年の法改正で、知的障害者の雇用が義務化され、それに伴って1998年7月1日から法定雇用率は、1.6%から1.8%(2013年4月1日からは2.0%)に引き上げられた。さらに、2004年の法改正で、2006年度から精神障害者(精神障害者保健福祉手帳所持者)については、雇用義務とはしないものの、企業が精神障害者を雇用する場合、雇用率にカウントできることとなったが、法定雇用率の引き上げは行われていない。)、B職業リハビリテーションに関する施設を障害者職業センターとして法律上位置づけ、これらの施設の設置運営の業務を日本障害者雇用促進協会(現・独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)で実施することなど。この改正にあわせ、@障害者雇用についての基本的理念として「障害者である労働者は、経済社会を構成する労働者の一員として、職業生活においてその能力を発揮する機会が与えられるものとする。」(第3条)などの規定が設けられたこと、およびAこれまで法的な規定がなかった特例子会社についても規定が設けられたこと(第44条および第45条)、具体的には、「雇用率制度および納付金制度の適用に当たっては、特定の株式会社の発行済株式の2分の1を超える数の株式または有限会社の資本の総額の2分の1を超える額に相当する出資口数を有する事業主であって、一定の基準に適合する旨の労働大臣の認定を受けたものに就いては、当該特定の株式会社または特定の有限会社が雇用する労働者を当該事業主が雇用する労働者とみなすもの」とされたことである。  また、1997年の法改正では、「親事業主と営業上の関係が緊密であること」という要件が削除されたほか、特例子会社が運用する障害者である労働者の数および割合の要件について、10人および30%が5人および20%に緩和された。  さらに、2002年の法改正で、「特例子会社を保有する企業が特例子会社以外のその他の子会社(以下、『関連会社』)を含めて障害者雇用をすすめる場合には、一定の要件のもとに関連会社に雇用されている労働者も特例子会社に雇用されている労働者と同様に親会社に雇用されている者とみなし、実雇用率に算定すること(雇用率のグループ適用)が可能となった。  このように特例子会社の要件が緩和されてきた結果、2014年6月1日現在では、391社、関係会社を含め、グループ適用をうけているところは、39グループ(2014年5月末現在)となっている。  特例子会社が、2000年代(2001年6月1日の115社から2014年6月1日の391社へと)大きく増えたのは、その設置要件が緩和されたことと、1997年の法改正で知的障害者の雇用が義務化され、それに伴い法定雇用率がそれまでの1.6%から1.8%へ、そして2013年4月1日には2.0%に引き上げられたことなどによると思われる。 5.それ以降の展開  1987年の法改正以降の重度障害者雇用への主な取組みは、次のとおりである。 (1) 大企業に対する指導  大企業における雇用率は中小企業に比べ低い水準にあることから、第三セクター企業や特例子会社の設立を要請するなど、労働行政サイドからの働きかけが継続的に行われた結果、その後の推移をみると、常用労働者数1,000人規模以上の大企業全体としては、2009年6月1日以降実雇用率が法定雇用率を上回る(2014年6月1日現在の実雇用率は、2.05%)等、近年障害者雇用数は大きく増加している。(その一方で、かっては常時実雇用率が法定雇用率を上回っていた常用労働者数50人〜100人規模の小企業における障害者雇用数は、近年減少傾向にあり、2014年6月1日現在では1.46%と、雇用率制度の対象となる企業の平均実雇用率1.82%をも下回っている。) (2) 現状では直ちに一般雇用に就くことが困難な者に対する対策の推進  直ちに一般雇用に就くことが困難な者については、@重度障害者の適職の開発、職域の拡大を推進すること、A第三セクター企業の設置促進を図るほか、重度障害者を多数雇用する事業所の育成を図る。 (3) 多様な勤務形態による重度障害者の雇用促進 @ 短時間勤務 A 在宅勤務  1991年4月1日より、雇用保険制度と同時に、雇用率制度等において「労働日の全部またはその大部分について事業所への出勤を免除され、かつ、自己の住所または居所において勤務することを常とする者」、いわゆる在宅勤務者については、@業務遂行に係る裁量性、A指揮監督系統の明確性、B事業所勤務労働者との同一性、C拘束時間等の明確性、D勤務管理の明確性、E報酬の労働対償性の明確性、F請負・委任的色彩の不存在の各要件のすべてに該当する場合においては、雇用関係が明確であると認められるとして労働者として取り扱うこととした。これによって、この要件に該当する在宅勤務者は、雇用率制度等の対象となる「常時雇用される労働者」に該当することとなる。 (4)雇い入れ後の援助の充実  1992年の法改正で、重度視覚障害者や重度知的障害者など一定の障害者については、その雇用の安定を図る観点から、職場において作業補助等を行う介助者や援助者等の配置およびこれらの者の資質向上をすすめることを目的につぎのような助成金制度が設けられた。  @障害者介助等助成金   職場介助者の配置または委嘱、手話通訳担当者の委嘱、業務遂行援助者の配置など。  A職場適応援助者助成金   第1号職場適応援助者助成金(一定の要件を満たす社会福祉法人等が職場適応援助者を配置して支援を行う場合、助成する。) 第2号職場適応援助者助成金(企業が、雇用する障害者を支援する職場適応援助者を配置する場合、助成する。) (5)多様な職業リハビリテーションサービスの提供 @職場適応援助者(ジョブコーチ)支援事業の制度化  就職が特に困難な知的障害者、精神障害者、脳性まひ者等であって職業準備訓練になじまないものを対象として、これらの障害者が生活する地域内の実際の事業所の作業場を活用し、職業的自立に必要な生活指導から技術指導までの総合的・具体的かつ実践的な援助を行う職域開発援助事業が1990年度および1991年度の試行実施をえて、1992年度以降徐々に全国的に実施。同事業は、2002年の法改正で「職場適応援助者支援事業」に名称変更された。 「職場適応援助者」とは、「身体障害者、知的障害者、精神障害者その他厚生労働省令で定める障害者が職場に適応することを容易にするための援助を行う者」(障害者雇用促進法第20条)と規定される。2010年3月末現在、第1号職場適応援助者は755人、第2号職場適応援助者は66人で、それに加え、地域障害者職業センター全体で306人の職場適応援助者(ジョブコーチ)が配置されている。 A障害者雇用支援センターおよび障害者就業・生活支援センターの設置  「障害者雇用支援センター」(2010年3月末現在の設置数は、4ヵ所)は、実際に作業場を設けて障害者に作業実習を行わせることをはじめとして、個々の障害者の特性に応じたきめ細かな職業リハビリテーションを市町村レベルにおいて実施することにより、授産施設等における福祉的就労を一般雇用に結び付けるための相談・援助を一貫して行うことを目的に1994年の法改正(第27〜32条)で制度化された。また、1997年の法改正では、施設を必要とするような準備訓練を自ら行わなくてもよいこととするいわゆるコーディネイト型のものも設置できるようにするとともに、その設置主体を社会福祉法人等にも拡大した。さらに2002年の法改正でコーディネイト型の障害者雇用支援センターは、「障害者就業・生活支援センター」(第33〜36条)として再編された。同センターは、障害保健福祉圏域(人口約30万人)ごとに1ヵ所を目標に設置がすすめられている(2014年7月1日現在323ヵ所)。 B 地域障害者雇用推進総合モデル事業の推進  1993年度より、重度障害者の職業的自立を図るために、地域レベルにおいて雇用部門と福祉部門の連携の下に、個々の障害者の特性に応じたきめ細かな職業リハビリテーションの措置を提供するとともに、通勤、住宅等の障害者を取り巻く職業生活環境の整備を図ることを目的とした地域障害者雇用推進総合モデル事業が実施されている。具体的には、モデル事業実施地域における職業リハビリテーション・ネットワークの構築などが行われている。 (6)最低賃金法改定による最低賃金減額特例措置  2008年7月に施行された改正最低賃金法では、「精神又は身体の障害により著しく労働能力が低い者」については、「当該労働者に支払おうとする賃金額は、最低賃金額から当該最低賃金の適用を受ける他の労働者のうち最下層の能力者より労働能率が低い割合に対応する金額を減じた額(つまり、労働能率の程度に応じた率を百分の百から控除して得た額)を下回ってはならない」(第7条)とされる。改正前には、最低賃金適用除外とされていたのが、改正法では、「減額が可能であれば、適用除外とするよりも最低賃金を適用したほうが、労働者保護に資する」という考え方に変わったわけである。この法改正では、まったく想定されていないが、もし減額措置による最低賃金が授産施設等の利用者にも適用できれば、それに伴ってそれらの利用者も労働者性を認められ、労働者保護法の保護が受けられることになろう。  もっとも減額措置による最低賃金だけでは、地域社会での生活費を賄うことは困難なため、その不足分を補う、賃金補填などの所得保障が不可欠である。 6.まとめ  以上から明らかなように、一般雇用が困難な重度障害者に対する労働行政サイドの雇用施策は、1980年に設置された「重度障害者特別雇用対策研究会」での検討結果を受けて、身体障害者雇用審議会の意見書(1982年2月)の「現状では直ちに一般雇用に就くことが困難な者に対する対策」で打ち出されたものの延長線上にあり、基本的にはあまりかわっていないといえる。 つまり、基本的には、@雇用率制度および納付金制度に基づく助成金を活用した第三セクター企業など、特定子会社を含む、重度障害者多数雇用事業所などを活用して、これらの重度障害者の一般雇用をすすめることが、依然として基本方針となっている。重度障害者多数雇用事業所に対しては、施設・設備などへの一部助成、職場介助や生活指導などにかかわる一部職員への期間が限られた一部人件費助成などはあるものの、継続的な障害者の賃金補助や運営費補助などを労働行政サイドのイニシアティブで制度化することは考えられていない。 A納付金制度に基づく報奨金や助成金については、福祉工場などを運営する社会福祉法人も利用できるなど、労働施策と福祉施策はリンクされてはいるが、福祉工場をはじめとする福祉的就労制度を労働施策として位置づけることは、労働行政サイドとしては想定外のことと思われる。     雇用率制度の対象となっている常用労働者数50人以上規模における障害者雇用数は、近年年々増加し、2014年6月1日現在では、その数(重度障害者をダブルカウントしない実数)は34万4,852人となっている。そのうち重度障害者数は、14万9,573人で、全体の4割強を占める。しかしこれらの重度障害者は、障害者手帳などに基づくもので、職業生活における困難さや、援助の必要性の観点から認定されたものではない。その意味では、職業生活の困難さなどからみた重度障害者がどの程度そのなかに含まれているかは、明らかではない。  雇用率制度の対象となっている企業における障害者雇用数は、この10年間で約18万人増え、前述してように、2014年現在、約34.5万人になっているが、厚生労働省が2013年に常用労働者数5人以上の民間事業所を対象に行った障害者雇用実態調査結果をみると、それらの事業所で雇用されている障害者数は約63.1万人で、2003年の調査結果(49.6万人)とくらべ、約13.5万人増にとどまっている。このことは、つまり、この間に、雇用率制度の適用対象が、常用労働者数56人以上規模の企業から50人以上規模の企業に拡大されたことにもよるが、雇用率制度の対象となる企業における障害者雇用数がかなり増加する一方、雇用率制度の適用対象とはならない、常用労働者数50人未満規模の企業における障害者雇用数は、逆に4万人近く減少しているように見える。 また、前述の2013年の障害者雇用実態調査結果によれば、障害種別平均賃金(月額)は、身体障害者22.3万円(2008年25.4万円)、知的障害者10.8万円(2008年11.8万円)、精神障害者15.9万円(2008年12.9万円)で、知的障害者については最低賃金(全国加重平均額13.7万円(780円×8時間×22日)を下回っている。つまり、知的障害者の多くは、最低賃金以下で雇用されているといえる。 授産施設などでの福祉的就労から一般就労への障害者の移行をさらにすすめるには、雇用率制度対象企業だけでなく、その対象とはならない小企業も含め、民間企業全体としての雇用機会を増やすとともに、雇用条件など、その雇用の質の向上を図るための取組みをすすめることがきわめて重要である。 現在20万人近くに上る福祉的就労に就いている障害者の相当部分について一般就労への移行支援をさらに積極的にすすめるとともに、そうした支援にもかかわらず、移行が困難な障害者についても、「労働施策と福祉施策が一体的に展開され、合理的配慮と必要な支援を受けることにより、生計を立て得る収入が得られる」(障がい者制度改革推進会議第二次意見)働く場が確保されなければならない。 2010年6月29日に行われた閣議決定「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」では、「いわゆる福祉的就労の在り方について、労働法規の適用と工賃の水準を含めて、推進会議の意見を踏まえるともに、障がい者制度推進会議総合福祉部会における議論との整合性を図りつつ検討し、2011年内にその結論を得る。」とされる。この結論を出すためには、労働行政サイドと福祉行政サイドが同じテーブルについて検討する必要がある。しかし、両行政による共同の検討の場の実現は、障害者制度改革推進会議などからの働きかけだけでは不十分であり、政治サイドからの要請が不可欠であろう。そして、政治サイドを動かすには関係者を納得させるだけの、説得力のある理論武装と関係団体の熱意が伝わる働きかけがキーになると思われる。 <参考文献> 重度障害者特別雇用対策研究会(1982)、重度障害者特別雇用対策研究会報告書 征矢 紀臣(1998)、障害者雇用対策の理論と解説、労務行政研究所 手塚直樹(2000)、日本の障害者雇用、光生館 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構編(2009)、平成21年版障害者職業生活相談員視覚認定講習テキスト 若林 之矩 (1993)、障害者雇用対策の新展開―重度障害者の雇用対策の推進―、労務行政研究所 参考文献3 「日本版保護雇用(社会支援雇用)制度の創設に向けて」           作業施設(福祉的就労)共同研究グループ (2003年度?2004年度) 資料2 統計からみた障害のある人の就業状況   @ きわめて低い障害者の収入と就業率  厚生労働省が2010年に発表した国民生活基礎調査の貧困率の状況によると、相対的貧困とされる年収112万円の貧困線を下回るのは国民全体の16%である。それに対し、就労施設で就労する障害者を対象に実施した調査では、図1にあるように、同じく年収112万の貧困線を下回る障害者は56.1%にも及ぶことがわかった(きょうされん「障害のある人の地域生活実態調査」2012年)。さらに同調査によると、一般にワーキングプアといわれる年収200万円以下の障害者は98.9%という数字を示しており、国民全体でのそれが22.9%であることを鑑みると、福祉施設で就労する障害のある人がいかに厳しい生活状況におかれているかがわかる(工賃の詳細は後述)。 図1 障害のない人とある人の収入の比較(単位:%)  出所: きょうされん 「障害のある人の地域生活実態調査」(2012) 図2  障害者の就業率(単位:%) 次に就業率について見ると、2011年度の「障害者の就業実態把握のための調査報告書」によれば、15歳以上65歳未満の身体障害のある人の就業率は45.5%で、知的障害のある人が51.9%、精神障害のある人が28.5%であり、15歳から64歳の一般の就業率72.9%(総務省統計局「労働力調査」2015.4)を大きく下回る(図2)。 出所:厚生労働省「障害者の就業実態把握のための調査報告書」(2011) 総務省統計局「労働力調査」(2015)をもとに作成 図2の就業率の就業者数には福祉的就労に従事する数字も入っているため、さらに細かく就業状態の内訳を見ていくと、常用雇用者(注1)の割合は、身体障害者は53.0%、精神障害者は32.4%、知的障害者は20.1%となっており(表1)、知的障害者の「常用雇用以外」の就業の内訳にいたっては、「就労移行支援事業、就労継続支援B型、授産施設等」が46.0%、「地域活動支援センター、地域の作業所」が18.4%を占めており、就業状況全体の6割以上が福祉的就労であることがわかる(表1−2)。 表1−1 身体障害者の就業状態        (単位:%) 表1−2 知的障害者の就業状態             (単位:%) 表1−3 精神障害者の就業状態 (単位:%) 出所は全て、厚生労働省「障害者の就業実態把握のための調査報告書」(2011) (注1)【常用雇用労働者】 雇用契約の形式を問わず、期間の定めなく雇用されている労働者、あるいは有期雇用の契約を繰り返し更新し1年以上継続して雇用されている労働者、および採用時から1年以上継続して雇用されると見込まれる労働者をいう。また、特定労働者派遣事業で派遣される労働者 A 障害者雇用の実態  わが国の障害者雇用は、障害者雇用促進法に基づく障害者雇用率制度を中心に進められてきた。近年、常用労働者数1,000人以上規模の企業では、実雇用率が法定雇用率2.0%に近い値となり(2013年6月1日現在、1.98%)、厚生労働省により行われる常用労働者数5人以上の事業所を対象とした障害者雇用実態調査結果によれば、2013年度(平成25年度)の雇用人数は63万人となり、前回調査と比較すると、雇用人数は18万人増加した。  しかし、実態としては、正社員率は下がり、知的障害、精神障害については平均勤続年数も短くなっている。平均賃金も精神障害を除いては明らかに減ってきており、相対的に見ると労働条件は下降傾向と言える(表2)。 (ただし、既存の諸統計では、実際の障害者の雇用実態を正確に把握することが困難である。労働力調査等の大規模基本統計調査で、定期的に、障害者数やその就労の実態を把握する等の対応が早急に求められる。)  表2−1 障害をもつ常用雇用者の人数(単位:千人) 2008年度 2013年 5人以上の民間事業所調査 448 623 (内訳)    身体障害者 346 433 知的障害者 73 150 精神障害 29 48 表2−2 正社員率 2008年度 2013年   身体障害者 64.4 55.9 知的障害者 37.3 18.8 精神障害 46.7 40.8 表2−3 平均勤続年数 2008年度 2013年   身体障害者 9年 10年 知的障害者 9年2か月 7年9か月 精神障害 6年4か月 4年3か月 表2−4 月額賃金(単位:円) 2008年度 2013年   身体障害者 25万4千円 22万3千円 知的障害者 11万8千円 10万8千円 精神障害 12万9千円 15万9千円 出所:厚生労働省「障害者雇用実態調査結果報告書」(2008) 「障害者雇用実態調査結果報告書」(2013) B きわめて低い工賃と、すすまない福祉から一般就労への移行 2006年の障害者自立支援法施行後、福祉から一般就労への移行が強調され、2005年度の年間移行数2,000人を2011年度には9,000人に増やすことが目標とされた。しかしながら、2013年の実績は5,387人で、特別支援学校高等部卒業生のうち、毎年福祉施設を利用する約1万人をはるかに下回っていることから、福祉的就労従事者数は減少するどころか、むしろ増加傾向がみられ、現在では23万人を上回っている(表3および表4)。 しかもこれらの福祉的就労従事者が受け取る平均月額工賃(就労継続支援A型事業所および福祉工場を除く)は、2007年度政府により策定された「工賃倍増5か年計画」にもかかわらず2013年度も1万4千円台にとどまっている(表5)。前述の「障害のある人の地域生活実態調査」でも明らかであったように、このような工賃収入では、たとえ障害基礎年金などと合わせても、地域での自立した生活に必要な費用を賄うことは困難である。 こうした状況から鑑みて、福祉的就労従事者の雇用への移行者数を大幅に増やすことは急務であるが、実際には図3のように一般就労への移行が1割を超えるのは就労移行支援事業のみであり、福祉的就労事業全体での移行平均は3.6%にとどまっている。以上のことから、障害者雇用率制度を中心とした従来の障害者雇用施策では、残念ながら障害者の収入や就業率を大きく改善することは困難であると言える。 表3 福祉的就労事業(旧授産施設及び就労移行、就労継続支援A型・B型) 利用者数の推移(単位:人) 2008年度 2009年度 2010年度 2011年度 2012年度 2013年度 就労移行支援 15,009 18,266 20,039 22,378 26,184 27,045 就労継続支援A型 5,549 7,900 11,590 16,703 24,431 33,213 就労継続支援B型 47,020 71,808 97,472 127,706 162,768 175,352 旧身体障害者授産施設 12,048 9,193 6,878 3,437 新体系移行 新体系移行 旧知的障害者授産施設 54,602 44,084 37,601 21,329 新体系移行 新体系移行 134,228 151,251 173,580 191,553 213,383 235,610 出所:厚生労働省障害福祉サービス等の利用状況について(国保連 各年の10月データ) 表4 福祉的就労事業(小規模作業所)利用者数の推移(単位:人) 2008年度 2009年度 2010年度 2011年度 小規模作業所 41,745 28,050 22,575 31,965 出所:作業所1箇所につき、15人として推計(2011年きょうされん調べ) 表5 工賃倍増5か年計画の対象施設の平均工賃の伸び(単位:円) 2006年度 2007年度 2008年度 2009年度 2010年度 2011年度 2012年度 2013年度 就労継続支援B型事業所、入所・通所授産施設、小規模通所授産施設の平均工賃 12,222 12,600 12,587 12,695 13,079 13,586 14,190 14,437 出所:厚労省 図3 福祉施設から一般就労への移行状況 (厚生労働省2011) 資料3 4種類のアンケート調査から(社会支援雇用研究会実施 2014) 1)調査のねらい    調査目的を、就労継続支援B型事業所の低工賃と一般就労への低移行率の理由究明にしぼり、あわせてそれらを改善し得ていない主な要因を分析することとした。 そのために、B型事業所の全体像を把握する必要があることから、調査対象範囲を事業所の管理者、職員、利用者および一般就労移行者まで広げることとし、2014年1月より、一次調査ではその4者へのアンケート調査で現状の詳細を把握した。第1次調査を経て,全国の19か所のB型事業所への訪問調査を行った. (1)アンケート調査結果から見えたもの<利用者調査 および 一般就労者調査> @ 本人の属性、就労への経路 B型利用者は年齢層が高く、長期在籍であること。  B型利用者の事業所への経路は、「学校」と「家庭」を足すと4割にのぼり、就労の入り口で「就労移行」や就労支援機関との関わり、労働にまつわる専門的の評価を受けることなく、ストレートにB型事業所に入っていること。 A 就労状況、生活状況 工賃の低さ。仕送りを受けている人もあった。未婚率の高さ94%(一般の生涯未婚率は15%)。仕事内容も作業時間も一般雇用者とほぼ同じ利用者もいるが、受けることができた職業リハビリや支援の機会の違いだけで福祉と労働に分かれ、その後も交差することがないまま大きな差がもたらされている。 B 雇用の契約状況  一般就労者の雇用契約をみると、8割以上が「非正規雇用」(障害のない人も加えた一般の労働者の非正規雇用の割合は37%)。13%は労災に入っておらず、26%の人には有給休暇が与えられていない。給与は64%が時給契約であるが、14%は最低賃金を割っている。75%は賞与がない。 C「働く」ために受けている配慮・支援の特徴 「仕事上の工夫」など「人の支援や応援」が圧倒的に多いこと。 また、一般就労者はほとんど「送迎を受けていない」のに対し、B型利用者の8割は通勤支援が必要。つまり現在の「障害者雇用」の対象は、通勤支援を受けなくてもよい人たち。この点だけを見ても、現状の支援策のままでは、一定数以上の人々は雇用のステージに引き上げられないこと。 支援しているのは、利用者の70%が「現在の事業所職員」と答えており、一般就労者においても「会社の人」(56%)を抜いて64%が「以前の施設職員」。B型事業所の持っている対応力、専門性の裏付け。 「就職後に施設にしてほしい要望」では33%が「働けなくなった時の相談。支援が一過性のものでなくシームレスに一生を通じて継続していくものであることを示す。 (2)アンケート調査結果から見えたもの<職員調査> @ 属性について 年齢は、30代が35%、40代が25%、50代が20%で30歳未満が15%。職員としての経験年数は5年以上が58%と半数以上を占め、10年以上は33%。 福祉系の職歴がない職員が62%、福祉系の学歴がない職員が63%、福祉系以外の学歴や経験者も増えている。 A 事業・組織について 業種は、清掃、洗濯、食品製造、販売、軽作業、農業、自主製品等多岐にわたっているが、収益率が低い業種を変えたいと感じていても、なかなか変えることができていない。 事業展開で最も重視することは「仕事の確保と開拓」。現状は、内職レベルの下請け作業が主で、単価が安く、社会的価値が低く、良質な仕事といえない。利用者ができる工程が少なく、作業の大半を職員が行なうケースもあり職員負担が大きい。 B 障害のある人がB型事業所で働くことについて B型事業所を「居場所」と「働く場」、あるいは「趣味・生きがい活動」と「生産活動」を渾然一体として「働く」ことを捉えてしまうことで、「働く」ことの価値や理解を共有できず、仕組みを充分に作ることができていない現状。 また、実務や生産に追われ、利用者の労働を権利として捉えることができていない。 C 利用者の工賃・支援について 調査結果では「他施設よりも高く支払っている」「全国あるいは県の平均より高い」といった理由で現在の工賃額を妥当とする回答が多く、売り上げ目標金額や工賃に対する設問に対して「わからない」といった答えも少なくない。 公平性を期すため、工賃を一律にしている事業所もある一方、工賃設定の方法、利用者の働きの評価法が課題としてあがっていた。客観的な評価が求められている。 職員の多くは、主として言葉で説明をする傾向。環境整備の条件は、説明だけでなく、視覚的にわかりやすい環境を作り、先の見通しができるようにする責務。 D 職員について 「低工賃でも仕方がない」あるいは「利用者はそれほど働くことを望んでいないのではないか」という職員の諦めと思い込みがあり、利用者支援と経済活動が両立しないという意識も見えた。職員の仕事のやりがいは、「障害者の自立」「社会とつながること」「利用者の笑顔や満足」という回答が多く、その多くは、福祉活動は対人サービスが中心であり、経済活動業務は副次的である、あるいは支援の必要性は低いという認識がある。 業務上の悩みは、「人手不足で余裕がない」(46%)、「生産性向上に追われる」(40%)、「実務が多い」(34%)、「利用者の多様なニーズに対応しきれない」(33%)など。工賃向上の努力によって職員の労働条件が悪くなるという実態もあった。 (3)アンケート調査結果から見えたもの<事業所調査> @ 障害福祉サービス事業実施事業所の特徴 社会福祉法人とNPO法人による運営が大半、多機能型の事業所が圧倒的に多い。多機能事業では就労移行支援事業が64%と最も多く、次いで生活介護。A型事業は5%と少ない。日額払い等の影響からか単価が低いB型事業だけでの運営は少なく、また多彩なニーズ対応には単一機能ではカバーしきれないという実態がうかがえる。 A 事業所の利用者像や職員体制などの特徴 障害種別割合は身体障害と精神障害が各4分の1、知的障害が半数2分の1。年齢層は40代以下でほぼ80%。職員数は10人以下が最も多く、ほぼ法定職員数。 常勤職員が他事業と兼務している割合は多機能型実施のところを分母とすると70%。指定基準以外の職員配置は事務職が36%、次いで就労支援事業の専門職23%。複雑化する事務作業に対応して事務員配置の実態。工賃アップのための“目標工賃達成指導員配置加算”が設けられているが、就労支援事業の専門職に23%しか配置できていない。人件費充当には不十分ではないかと思われる。 B 事業所の規模などの特徴 事業所建物は自己所有が64%、賃貸・不明が36%。賃貸の割合と事業主体がNPOである割合とがほぼ同じ。施設全体の面積は500平米以上が最も多いが、B型単独で見ると100平米以上200平米未満が多く、定員数と併せるとゆとりがあるわけではない。相談室・食堂などは兼用が過半数、更衣室は専用が多い。第二種社会福祉事業は賃貸も可となり自由度が上がったが、アメニティやプライバシーは十分か。背景には家賃の厳しさ。地方も含めて普遍的な家賃補助等の対応が必要。 C 「働きたい」の実現と配慮・支援の特徴 作業内容は軽作業が73%。食品加工・販売・清掃は各40%程度、リサイクルは30%。最も特徴的な部分は、さほど設備投資が必要のない事業が多い。 利用者の1日当たり平均就労時間は4〜6時間が最も多く66%。週当たりの就業日数は5日が最も多く、次いで4日、全体の約9割。有給休暇制度は全体の12%、通勤支援を行っている事業所は77%。92%が傷害保険に加入している。 D 工賃支給に関する特徴 年間売り上げは100万円から1000万円の範囲が最も多く48%。工賃支払の総額は100万円から500万円が最も多く45%。2012年の月額平均工賃は5000円から2万円の範囲が62%で全国平均分布にマッチ。工賃の計算方法は時給が最も多く49%。何らかの賃金査定評価をしているところが全体の68%。何等かの手当支給は全体の48%(通勤手当が多く、他は頑張り手当、努力手当などモチベーションのため)。 E B型事業所の事業から見た就労移行への取り組みの特徴 基本的には、B型事業所の事業においては一般就労、雇用を目指すという取り組みはほとんど見られない。通勤支援の制度化や週当たりの就労時間への配慮など、現状では一般企業においては制度上実施困難な支援が多く、こうしたことを一般就労の事業所がクリアできないと雇用には結びつかないと思われる。 (4)アンケート調査結果から見えたもの<19か所の訪問調査> @ 低工賃の理由 イ 生活支援を大切にしている 事業所の成立ちで主たる目的が違い、生活を安定的に送る支援が優先される場合。 ロ 工賃そのものよりも生きがいを求める活動としている 生産性よりも働きがいを重視した活動を行っている場合。 ハ 仕事獲得のための職員の不足 企業の業績低下に対し他の事業への転換を試みるが、職員不足、利用者の状態などで、高工賃につながる仕事づくりができていない。 ニ 法人内での役割分担 法人内にA型事業所を開設し、最低賃金を目指す人はA型事業所を利用する態勢。さまざまな障害の状態やニーズも幅広く、その多様性に応える支援をしている。 ホ 下請け作業の低収益性 効率も悪く、かつ年間を通しての発注量が限られている。 A 一般就労への低移行率の理由 イ 地域的に働く場(一般企業など)が絶対的に少ない ロ 一般就労よりも安心して働ける場を求める本人・家族が多い。 ハ 今の事業所を就職先として考え働いている。 ニ 一般就労からB型事業所に来る人もおり、一般就労を希望しない。 ホ 事業所として一般就労への移行は基本的に考えていない ヘ 公共交通手段の欠如 最寄り駅までの交通手段がない。通勤の支援があれば一般就労への道も開ける。 ト 2年間という就労移行支援事業の訓練期間が短すぎる問題 B 高工賃の理由 イ 機械化を進め、短期間で大量の作業に対応できる態勢がある。 ロ 下請け業者との取引ではなく、企業と直接取引を行う。 ハ 大量の仕事を短期間に行うために法人内の他事業所と連携する。 ニ 企業及び企業が運営するA型事業所と連携する。 ホ 機械化された事業で収益を上げている。 C 高移行率の理由 イ 就職希望者に自分でハローワークに行き仕事を探すように促している。 ロ 同じ事業所の利用者が就職することにより、他の利用者も就職意欲が高まる。 ハ 雇用率アップで受け入れが進み、就職者の働きぶりが企業に評価されている。 ニ 障害のある人の技術力の高さが雇用された要因となった。 ホ 就職情報などの情報提供を日常的に行っている。 ヘ 就労支援機関との日常的な連携がある。 資料4 最低賃金減額特例の課題  2007年12月に公布され、2008年7月に施行された改正最低賃金法にかかる「都道府県労働局長宛の厚生労働省労働基準局長通知」(2008年7月1日基発第0701001号)によれば、最低賃金制度の目的は、第一義的には、賃金の低廉な労働者に賃金の最低額を保障し、その労働条件の改善を図ること、つまり、第一義的には、すべての労働者の賃金の最低額を保障する安全網としての機能にある、とされる。そして、最低賃金の適用除外規定を廃止し、減額の特例規定を新設した趣旨として、「最低賃金の安全網としての機能を強化する観点から、最低賃金の適用対象をなるべく広範囲とすることが望ましく、労働者保護にも資することから、同条の適用除外規定を廃止し、新法第7条において、使用者が都道府県労働局長の許可を受けたときは、当該最低賃金において定める最低賃金から当該最低賃金額に労働能力その他の事情を考慮して厚生労働省令で定める率を乗じて得た額を減額した額により、新法第4条の規定(使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない。2.使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者との間の労働契約で最低賃金額に達しない賃金を定めるものは、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、最低賃金と同様の定をしたものとみなす。)を適用することとした」ことが挙げられている。  最低賃金が、「労働者の賃金の最低額を保障する安全網」であるということであれば、その減額分を何らかの形で埋め合わせる方途を講じない限りは、減額対象となった障害者にとっては、最低生活の維持が困難になる。最低賃金減額分を保障する具体的な措置がまったく講じられていない現状は、「最低賃金の安全網としての機能の強化」という意図とは矛盾しているように思われる(2013年の最賃減額特例の認可件数は4200件)。  その矛盾を解決するには、減額特例措置を廃止するか、あるいはフランスやデンマークなどの仕組みを参考に、現在は、同法の対象とは想定されていない、障害者総合支援法に基づく就労継続支援事業所(とくにB型事業所)で就労する者も含め、生産性が最低賃金に満たない障害者にも最低賃金保障をするための制度の構築をはじめ、他の者との平等を基礎として、公正かつ良好な労働条件の享有についての権利を確保するための社会支援雇用制度の整備が求められる。 資料5 国際的な動向                              障害者の最低賃金保障へのEU諸国の取組みと日本の現状 1.EU諸国の取組み  障害者権利条約履行にかかる国際的モニタリング機関である、障害者権利委員会の事務局を担当する、国連人権高等弁務官事務所の障害者権利条約第27条労働及び雇用に関する見解(「障害者の労働及び雇用に関する課題研究」、2012年)によれば、「公正かつ良好な労働条件の享有についての権利は、障害のあるすべての労働者に、一般労働市場で働いているか、代替的な雇用形態(注:保護雇用(sheltered employment)など)の下で働いているかにかかわらず、差別なしに適用される」、「差別からの保護は、一般労働市場での就労及び保護雇用を対象とする。法律上及び事実上の差別の禁止は、報酬額、勤務時間及び休暇等の雇用条件や安全で健康的な作業条件等を含む、あらゆる雇用の側面を対象としなければならない・・・」とされる。この見解は、前述のILO第159号条約および第168号勧告などの国際労働基準を踏まえたものといえる。  第27条と同様の規定をもつ、2000年に制定された「雇用及び職業における均等な待遇の一般的枠組みを設定するEU指令」では、障害者も雇用条件および労働条件(解雇及び賃金を含む.)にかかる差別禁止の対象とされたことから、同指令を受けて、EU諸国がどのような取組みをしてきたかは、第27条への対応のあり方を考える上で、参考になると思われる。 日本と類似の障害者雇用・就労制度を設けているフランスでは、2005年に「障害者の権利と機会の平等、参加、市民権に関する法律」を制定するとともに、それに合わせ、障害者の就労条件の改善を目的として、つぎのような労働法典の改正が行われている。 @  一般労働市場で働く障害者(公的機関で就業する者も含め、約52万人(2009年))への最低賃金保障(賃金減額規定の削除) A  従来の保護作業所を(従業員の80%以上が、生産性が低減している障害者から構成される)適応企業等(2009年現在、約3万5千人)に再編するとともに、それを一般雇用の場として位置づけること、つまり、労働法を全面的に適用すること。 B  県障害者センター(MDPH)(2005年法により創設された、障害者のワン・ストップ・サービス窓口)に設置されている、障害者権利自立委員会(CDAPH)(注)により、一時的または永続的に一般企業や適応企業等においてフルタイムまたはパートタイムでの就労が不可能なもの、と判定された障害者を対象とする)保護された環境での就労の場である、労働支援機関・サービス(ESAT)(2009年現在の就労者数は、約12万人)における就労条件の整備。ただし、その根拠法は、労働法典ではなく、社会福祉・家族法典である。 (注)障害者権利・自立委員会(CDAPH)は、県の代表、国の代表(医師を含む。)、労使代表、障害者施設団体の代表、障害者団体の代表等を含む、23名から構成され、委員の3分の1は、障害者団体の代表とされる。CDAPHは、@障害者の進路相談・職業指導・助言、および、障害者の学校・職業・社会への参入を保障するための諸手段の決定、A障害児のニーズに対応した施設・サービスの指定、または、成人障害者のリハビリテーション・教育・再配置・受け入れを行う施設・サービスの指定、B障害児教育手当やその補足手当の支給要件である障害児の障害の状態、障害率の評価、C成人障害者手当(AAH)やその補足手当の支給要件である成人障害者の障害の状態、障害率の評価、D障害補償給付(PCH)の支給要件である障害児・成人障害者の補償ニーズの評価、E所得補足手当の支給要件である労働能力の評価、F障害労働者認定などを行う。 なお、CDAPHによる上記の事項に関する決定に不服がある場合、障害者(未成年の場合は両親)又はその法定代理人は、以下の行動をとることができる。 CDAPHの決定が、自らの権利を侵害していると判断した場合には、決定の2か月以内であれば、調停の提案権限を有する有資格者(そのリストは、県障害者センター(MDPH)が作成)の介入(調停手続きの実施)を請求することができる。この手続きは、MDPH内で実施。なお、この手続きの開始は、裁判所への出訴期間を中断させるが、これを妨げるものではない。  上記の@、A、CおよびDについてCDAPHの決定に不服がある場合には、社会保障技術的紛争裁判所への提訴が可能である。また、@およびFに不服がある場合には、行政裁判所に提訴することもできる。 (永野仁美著(2013)「障害者の所得と所得保障」、信山社、207〜211頁参照) 一般企業および適応企業等で雇用される、生産性が低減した(つまり、生産性が最低賃金以下の)障害者に対しては、最低賃金を保障するため、一般企業に対しては、法定雇用率未達成の企業からの納付金を財源とする雇用助成金(その給付は、日本の独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構と類似の機関である、障害者職業参入基金管理運営機関(AGEFIPH)によって実施。)が、また、適応企業等に対しては、国から助成金が、それぞれ支給される。  そして、ESATで就労する障害者には、法定最低賃金(SMIC)の55%〜110%が保障される(その大部分は、国が負担する保障報酬)。ESATで働く障害者の多くは、成人障害者手当(AAH)(2012年9月現在の支給額(1か月)は、満額で776.59ユーロ)を受給している。つまり、ESATで就労する障害者については、そこでの稼働収入とAAHによって生活保障がされている。 (因みに、働くことができない障害者に対しては、AAHに加え、それを補足する手当として、所得補足手当(2012年9月現在179.31ユーロ)が支給される。その合計額(955.90ユーロ)が最低所得保障となる。)  ESATで就労する障害者には、安全衛生等に関する規定以外に労働法典は適用されないが、社会保険(雇用保険を除く。)については、商工業の被用者を対象とする一般の制度への加入が認められている(国による保障報酬部分に係る保険料(事業主負担分)は、国が負担)。  適応企業から一般企業へ、ESATから適応企業や一般企業への出向や移行の奨励が行われるとともに、移行後の定着がうまくいかなかった場合、一定期間内であれば、もとの適応企業やESATにもどる選択肢も用意されている。つまり、双方向への移行が認められているわけである。  なお、デンマークでは、2012年12月「積極的雇用政策法、積極的社会政策法、社会年金法等を改正する法律」が制定(2013年1月1日施行)されたが、同改正でフレックス・ジョブに従事する障害者(フレックス・ジョブに従事する者も含め、一般労働市場で就労する障害者数(2008年)は、約33万人)へのコムーネ(地方公共団体)からの補助金給付の仕組みが変更され、補助金は事業主ではなく、障害者本人に支給されるようになった。全体として補助金の支給額は減少するが、労働能力がとくに低い人びとやきわめて短時間の労働に従事する人びとには手厚く支給される。その結果、フレックス・ジョブでは、コムーネからの補助金を受け取ることによって、1か月あたりの総所得が障害年金の給付額よりも高くなることから、障害者の働く意欲を高めることが期待されている。 デンマークでは、保護就業は、障害年金を受給しながらの就業希望者だけに適用される。その就業形態としては、@保護作業所内就業(2008年現在約8,400人)と、A企業内就業(2011年現在約5,700人)の2類型があり、後者の場合には、受け入れ企業に対して地方公共団体から低額の補助金がでる。  このようにフランスおよびデンマークでは、生産性が低く、その稼働収入が最低賃金に満たない障害者に最低賃金を保障するための社会支援雇用制度が整備されてきているが、その仕組みは国によって異なっている。しかし、共通していえることは、生産性が最低賃金に満たない人びとに、最低賃金減額特例措置を講ずることなく、最低賃金またはそれに準じた稼働収入を保障するため、何らかの公的な賃金保障制度が整備されていることである。 資料6「ILO159号条約違反に関する国際労働機関規約24条に基づく申し立て書」と回答概要 資料7 障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言 (障がい者制度改革推進会議総合福祉部会 2011) 資料8 平均賃金分布図(就労継続支援A型事業所) 資料9 合理的配慮との関係  「(1)人的支援・物的支援」で社会支援雇用事業所が提供すべき支援内容を示したが、これらは障害者雇用促進法において提供が義務付けられた合理的配慮の内容と重なるため、両者の整理が必要であろう。 2013年に改正された障害者雇用促進法には障害者権利条約批准に向けての対応として、障害者に対する差別の禁止と合理的配慮の提供義務が盛り込まれ、2016年に施行されることとなったが、合理的配慮についての規定は以下の通りである。 ○募集採用について 「事業主は、労働者の募集及び採用について、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保の支障となっている事情を改善するため、労働者の募集及び採用に当たり障害者からの申出により当該障害者の障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りではない。」 ○採用後について 「事業主は、障害者である労働者について、障害者でない労働者との均等な待遇の確保または障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りではない。」  この規定によると、合理的配慮とは事業者が障害者に対して、障害のない人と同等の機会や待遇等を保障するために講じる環境の変更や調整等の措置を指し、その内容は障害者一人ひとりによって異なる。こうした個別措置は社会支援雇用事業所でも講じられるべきだが、それは形式面と内容面において合理的配慮とは性格を異にする。  まず形式面だが、合理的配慮が事業者に提供義務を課すとしているのに対し、個別措置のほうは社会支援雇用事業所が提供すべき支援の中に埋め込まれている。したがって、この個別措置を提供しない事業所は社会支援雇用事業所とはみなされないことになる。  次に内容面についてだが、障害者のディーセントワークの実現を目的とする社会支援雇用事業所が提供する個別措置は、一般企業における合理的配慮と重なりはするものの、一層密度の濃い内容が求められる。例えば、合理的配慮は上記規定によると、事業主にとって過重な負担を及ぼす場合は提供しなくてよいことになるが、社会支援雇用事業所では過重な負担を理由とする例外は認めるべきではなく、粘り強い話し合いにより何らかの個別措置が提供されなければならない。また、合理的配慮の内容の決定は障害者の意向を十分に踏まえた上で事業者が行うことになり、必ずしも両者の合意、特に障害者側の了解が前提とはなっていないが、社会支援雇用事業所では個別措置の内容の決定も事業者及び障害者本人の合意を前提とすることになる。  以上のように、一般企業における合理的配慮よりも一層密度の濃い個別措置のメニューが(1)に示した社会支援雇用事業所における「人的支援・物的支援」ということになる。もちろん、これらは代表的な支援を例示したものであり、実際は障害者と事業所の状況によって多様である。そして、こうした多様で密度の濃い個別措置の提供を可能とするため、社会支援雇用事業所には適切な人的配置と公的な助成が行われる必要がある。 資料10 社会支援雇用事業所・就労継続支援A型事業所・特例子会社 対比表 社会支援雇用事業所 就労継続支援A型事業所 (障害者総合支援法に基づいて) 特例子会社 (障害者雇用促進法に基づいて) 目的 現状のままでは本人の希望,適性,ニーズ等にあった仕事につくことが困難な人に,働くために必要である十分な個別支援と、生計の維持に見合う所得を得るための良質な仕事を提供する事業所。 ディーセントワーク(働き甲斐のある,人間らしい仕事)の実現。 通常の事業所に雇用されることが困難であるが、雇用契約に基づく就労が可能である者に対して、雇用契約の締結等による就労の機会を提供するとともに、生産活動その他の活動の機会の提供を通じて、その知識及び能力の向上のために必要な訓練などを提供する事業所。 義務付けられた障害者の法定雇用率を満たすために、事業主(企業)が設立する「障害者雇用に特別の配慮をした子会社」(100%営利企業)。 ここに雇用される労働者を親会社の雇用とみなして障害者の実雇用率を算定できるしくみ。 対象者 身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む)その他の心身の障害があるもので、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活,社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの。 (回復過程における一時的な就労の場の提供なども含まれる) 障害の範囲は社会支援雇用事業所と同じであるが、「就労移行支援事業を利用したが企業等の雇用に結びつかなかった」、「特別支援学校を卒業し就職活動を行ったが企業等の雇用に結びつかなかった」,「企業等を離職した者」等の条件がある。 雇用率算定のための制度であるので、障害者手帳を取得しているものを対象とする。 労働条件等 全員が雇用契約を交わし、労働関連法規は全員に適用される。 事業所の経営や意思決定過程への参加が必須、障害のない労働者との対等性が保障される。 ・雇用契約のある者 ―労働関連法規の適用あり ・雇用契約を締結していない者 ―労働関連法規の適用なし 利用者として利用契約。 全員が雇用契約を交わし、労働関連法規は全員に適用される。 支援内容 ・期限の定めのない人的支援、物的支援(通勤の支援,就業時の支援等) ・所得保障(必要とされる期間) ・合理的配慮の提供(本人との合意を前提) ・一般就労への移行支援 ・事業主への支援  ・雇用契約に基づく生産活動その他の活動の機会の提供 ・就労に必要な知識および能力の向上のために必要な訓練。 ・一般事業(親会社)と比べて弾力的な雇用管理。 ・合理的な範囲で障害特性の配慮や職場環境を整備(必ずしも障害者側の了解は前提でない)。 賃金 と所得保障 全員に最低賃金以上の賃金を支払う。また、障害のために生計を維持しうる稼働収入が得られない場合は,不足する部分を何らかの形で公的に補う措置を制度化する。 ・雇用契約のある者 ―最低賃金以上を支払う (最賃減額特例措置適用あり) ・雇用契約を締結していない者  ―月額3,000円以上を支払う 全員に最低賃金以上の賃金を支払う。 (最賃減額特例措置適用あり) 利 用 料 雇用契約であるため、 利用料は無い 有 雇用契約であるため、 利用料は無い 公的補助 ・ 後押し 個別支援提供のため適切な人的配置や公的助成のしくみを持つ。 また、官公需の優先発注,随意契約や、民間企業の発注には、発注促進税や障害者雇用率換算制度等の導入もある。 ・利用者(雇用契約の有無に関わらず)の利用日数に応じた給付制度(日額払い) ・「国等による障害者就労施設等からの物品等の調達の推進等に関する法律」による受注促進 設立促進助成金 その他、様々な雇用助成金等の活用(助成金利用期間は有限)。 根拠法 障害者就労支援法(仮称) あるいは障害者雇用促進法の抜本改正 障害者総合支援法 障害者の雇用の促進等に関する法律 ? 資料11 障害のある人の就業や生活の正しい実態把握を @ 推計値の限界 厚生労働省が5年ごとに実施する障害者雇用実態調査は、常用労働者5人以上を雇用する民営事業所のうち無作為に抽出した約7,500事業所並びにそこで雇用されている身体障害者、知的障害者及び精神障害者を対象とし、その結果から全国の障害者雇用の状況を推計する。したがって、中小企業も含めてかなり幅広い状況がつかめる反面、推計値という限界がある。 厚生労働省が毎年実施している障害者の就業実態把握のための調査は、調査対象を全国から無作為抽出して郵送による配布と回収を行うもので、調査結果として現れる割合により就業状況の傾向はつかめても、実数は推計するしかない。 A 実数把握の困難 障害者雇用促進法に基づいて、厚生労働省が毎年6月1日現在の身体障害者、知的障害者、精神障害者の雇用状況について、雇用義務のある事業主などに求める報告を取りまとめた障害者雇用状況の集計結果は、数字のデータは把握できる。しかし、調査対象が雇用義務のある50人以上(平成25年までは56人以上)の企業に限定され、障害者雇用の全体像をつかめない.また、重度障害者1名を2名とカウントし、重度でない短時間労働者1名を0.5名とカウントするため、結果として出てくる数字は実数とは異なる。 他にも、障害者雇用の状況に係る調査はあるが、いずれも上記と同様の限界を有しており、障害者雇用全体の実態を正確に示す公的な調査は、現在は存在しないのである。 厚生労働省は、この間、障害者雇用が毎年前進していると強調するが、これは主に障害者雇用促進法に基づく障害者雇用状況の集計結果を踏まえて述べているもので、同法の雇用義務がある比較的規模の大きい企業における傾向を述べているに過ぎない。  障害者の生活実態についても、民間団体による調査はあるが、障害のある人の生活の実態を浮かび上がらせる公的な調査は見当たらない。実態把握が不十分な状況下では、本当に有効な雇用促進策を講じることは困難だ。 資料12 縦割り行政組織の改革(福祉と労働の一体化を目指して) 福祉行政と労働行政の二元構造の矛盾が象徴的に現れているものの一つが通勤支援である。通勤は働く上で必須の事項であるが、一方で通勤に求められる移動は障害による困難の影響を最も受けやすい要素のひとつでもある。したがって通勤支援は障害者が働くためには不可欠の支援であるにもかかわらず、これを福祉サービスによる移動支援として提供するべきか、事業主が提供するべきかは、長年の懸案とされたままなのだ。現在は、障害者雇用納付金を財源とする事業主への助成金のメニューの中に位置づけられてはいるが、支給期間が限定的である等障害者のニーズに即したものではない。まさに縦割りの関係にある福祉行政と労働行政の二元構造が本格的な支援の構築を放置してきた分野なのである。  他にも、障害者が働く場を探す際に市町村の障害福祉課に相談すれば福祉的就労の場を紹介され、ハローワークに相談すれば一般就労につながる等、現在の就労支援策は相談を受けた行政部局が何を担当しているかによって、障害者の働く場が変わる構造になっている。このような「福祉か労働か」のどちらかという二元構造を克服することが一人ひとりにふさわしい働く場の提供につながるのであり、そのためには本人に着目して「福祉も労働も」必要な支援を提供できるようにする必要がある。 資料13 デイアクティビティセンターの創設 デイアクティビティセンターの対象には、障害ゆえに労働を中心とした生活は困難であり、かつ、本人にとっても望ましいものとはいえない人、精神疾患などからの回復途上の人、一般就労から一時離脱している人たちなどが含まれる。  同センターでの活動内容には、障害者の健康増進、体力維持、生活リズムの確立、人間関係の拡大、仲間との交流、(工賃支給を伴う)軽い生産活動、創作芸術活動、一般就労離脱時の一過的な休息などが考慮される。同センターを利用する人が社会支援雇用事業所あるいは一般の職場での就労を希望する場合、また逆に社会支援雇用事業所あるいは一般の職場で就労していた人が同センターの利用を希望する場合は、相互に移行できるよう支援することで、障害者のその時々のニーズに基づき、多様な働き方や日中活動等を保障する。  同センターの利用期間には、期限を設けない。また、利用料の徴収はしない。 以上