日本障害者協議会(社会支援雇用研究会) 障害者の働く権利を確立するための社会支援雇用制度創設に向けての提言(案) はじめに  2014年1月,日本は障害者権利条約を批准した.本条約では第27条(労働及び雇用)において,「障害者が他の者との平等を基礎として労働についての権利を有することを認める.この権利には…障害者が自由に選択し,又は承諾する労働によって生計を立てる機会を有する権利を含む」と規定されている. 本研究会は2008年に日本障害者協議会のもとに設置された.障害のある人の一般就労のあり方,および障害福祉サービスの就労支援事業所で働く福祉的就労のあり方を問い直し,ディーセントワーク(働き甲斐のある,人間らしい仕事)を実現するための新たな仕組みである「社会支援雇用制度」について具体的な提言をとりまとめるという本研究会の目的は,同条約の理念に沿ったものと言える.  本研究会の基礎は,労働市場で仕事を確保することが困難な障害のある人に対し必要な人的・経済的支援等を提供することにより,賃金も含め人としての尊厳にふさわしい労働条件等が保障されるという「日本版保護雇用」(資料1)に関する先達の検討にある.これを土台にし,つぎのような国内および海外の調査結果を踏まえ検討を行い,本提言案を作成した. @ 国内動向の調査:(資料3) 一般就労している障害当事者および福祉的就労に従事している障害当事者や福祉的就労事業所職員にアンケート調査と訪問調査を行なった. A 海外動向の調査: 欧州連合(EU)諸国における同様な取組み状況について把握するため,研究会に関係者を招き,聞き取り調査をするとともに,フランス・ベルギー・オランダ・デンマークを訪問し実地調査を行なった.  なお,本提言は福祉的就労のあり方を抜本的に見直し,障害のある人の労働の権利を確立していくための将来ビジョンであり,その実現に向けてはさらに検討すべき課題が少なからず残されている.今後,関係団体や関係者と議論を重ねることで本提言の完成度を高めていきたい. 第1章 なぜ社会支援雇用制度が必要なのか ここでは,障害のある人の働く権利を確立するための新たな仕組みである社会支援雇用制度の必要性について,各種統計資料や本研究会が実施した国内外の障害者就労にかかる調査結果等を踏まえて述べる.統計資料,本研究会の国内外の調査結果の詳細は別添の資料集を参照いただきたい. 1.統計資料からみた実態 (資料2) @ 障害のある人のきわめて低い収入 2012年に実施された「障害のある人の地域生活実態調査」(福祉的就労の場を利用する障害のある人約1万人を対象にした調査;きょうされん)において,年収112万円(貧困線)を下回る障害のある人は56.1%,年収200万円以下(ワーキングプア)の障害のある人は98.9%である.(国民全体ではワーキングプアの階層にいる人は22.9%)この調査から,福祉的就労の場を利用する障害のある人の多くが貧困状態にあることが明らかになった. A 障害のある人の低い就業率と労働条件 2011年度の「障害者の就業実態把握のための調査報告書」によれば,15歳以上65歳未満の身体障害のある人の就業率は45.5%,知的障害のある人が51.9%,精神障害のある人が28.5%であり,15歳から64歳の一般の就業率72.9%(総務省統計局「労働力調査」2015.4)を大きく下回っている. 一方,厚生労働省の発表によれば,障害者雇用率制度の対象となる常用労働者数は年々増加している.しかし,平成20年度障害者雇用実態調査と平成25年度同調査を比較すると正社員率が下がり、知的障害、精神障害については平均勤続年数も短くなっている。また、平均賃金も精神障害を除いては明らかに減ってきており、相対的に見ると労働条件面では下降傾向と言える。 B 福祉的就労の場で働く人の低工賃 福祉的就労の場,とくに就労継続支援B型事業所(以下、B型事業所)での工賃額は低額であり,2007年度から工賃倍増5か年計画が実施されたにもかかわらず,2013年度になっても月額平均1万4千円台にとどまっている.この計画に投入された予算に見合う成果が得られなかったことは,個々の事業所の努力の範疇を超え,現行の就労支援および所得保障の枠組みの限界ならびに新たな制度の必要性を示しているといってよい. C 福祉的就労の場から一般就労への低移行率 2006年に施行された障害者自立支援法によって,福祉的就労から一般就労へ移行することが重点化されていったが,福祉的就労の場で働く人は増加傾向をたどり,一般就労への移行率は4.6%にとどまっている.(厚労省2013年)これは,送り出す側の福祉サイドと受け入れる側の労働サイドが政策面で有機的に連携を図れていないことの表れではないだろうか。 2.本研究会が実施した調査結果からみた実態(資料3)  本研究会では,福祉的就労の場のうちB型事業所に着目し,その現状を客観的に把握するための調査を実施した.とりわけ低工賃と一般就労への低移行率の理由を明らかにし,低工賃が改善できない要因を分析することとした.  そのため,管理者,職員,利用者及び一般就労移行者へのアンケート調査を実施した.また,その結果から見えた課題の解決策を検討するため,19か所への訪問調査を実施した. @  利用者の傾向 B型事業所利用者は長期在籍者が多く,年齢も高い.工賃は低く,94%が未婚である.作業内容・作業時間は,一般の労働者とあまり差異がないにもかかわらず,職場での生活支援が不十分である等福祉と労働が二分されている制度の中で,一般就労につながっていない状況も見られた.また,B型事業所では,障害があるために一人では通勤できない場合でも送迎支援があるから働くことができる,あるいは職員が生活上の相談にのってくれるから仕事を続けることができる等,生活面を含む多様な支援を受けることで就労が可能となっている人が多いという実態もわかった. A B型事業所から一般就労をした人の実態 本調査の対象となった一般就労者は,80%以上が非正規雇用,64%が時給契約であり,14%の人が最低賃金以下,75%の人は賞与がない.また,約12%が労災未加入,30%弱の人には有給休暇が与えられていないという結果となった. 移動に困難を抱える障害のある人の中には労働能力はあっても通勤できないために就労につながらない場合が多いが、通勤の支援を受けている人は少数である.また一般就労をしていても64%の人が以前の事業所職員を相談相手としている. B B型事業所の現状 多機能型の事業所が圧倒的に多いことからも明らかなように,B型事業の単一機能では利用者の多様なニーズに対応しきれないという実態がある. 作業内容は,73%が軽作業,食品加工・販売・清掃は各40%,12%の事業所で有給休暇制度があり,77%が通勤支援を行なっている.月額工賃は,5000円から2万円の範囲に全体の62%が入っている. C B型事業所の職員の現状 経験年数は5年以上が過半数の58%であったが,福祉系の学歴がない職員が63%,福祉系の職歴がない職員が62%であった.業務上の悩みとしては人手不足,実務や生産に追われるといったことが挙げられている. D 19か所の訪問調査から見えてきた課題 B型事業所は働く場であるが,利用者の住まいの確保,入院対応等生活全般にわたる支援を行なっている.しかし,給付費収入だけでは常勤職員を必要数確保できないところも多く,支援の相当部分を非常勤職員に依存せざるを得ないという実態もあった.  また、利用者が増えていくのに対し、必要な仕事量の確保ができないために,分配する工賃額が下がるという状況もあった. 3.最低賃金の減額特例の現状(資料4)  2008年に施行された改正最低賃金法により,最低賃金の適用除外規定は廃止され,それに代わって最低賃金減額特例が新設された.それによって,労働局長の許可があれば,労働能力に応じて賃金を減額することが認められている.しかし,減額分を保障する具体的な措置は何らなく,最低賃金を減額された人は障害年金の受給対象外になると,最低生活さえ維持できない状況におかれている. 4.障害者権利条約と障害のある人の労働  障害者権利条約の国際的モニタリング機関である障害者権利委員会の事務局を担当する国連人権高等弁務官事務所は,障害者権利条約第27条(労働及び雇用)について以下のような見解を公表している(「障害者の労働及び雇用に関する課題研究」2012年). 「公正かつ良好な労働条件の享有についての権利は,一般労働市場で働いているか,代替的な雇用形態(注:保護雇用(sheltered employment)等)の下で働いているかにかかわらず,障害のあるすべての労働者に差別なしに適用される」「差別からの保護は,一般労働市場での就労及び保護雇用を対象とする.法律上及び事実上の差別の禁止は,報酬額,勤務時間及び休暇等の雇用条件や安全で健康的な作業条件等を含む,あらゆる雇用の側面を対象としなければならない」.  第27条と同様の規定をもつ2000年に制定された「雇用及び職業における均等な待遇の一般的枠組みを設定するEU指令」では,障害者も雇用条件および労働条件(解雇及び賃金を含む.)にかかる差別禁止の対象とされたことから,同指令を受けてEU諸国がどのような取組みをしてきたかは,第27条への対応のあり方を考える上で参考になると思われる(詳細は資料5)  なお,障害者権利委員会からの締約国への勧告では,(一般労働市場から)分離された、保護的な環境にあるワークショップが一般就労への移行促進を阻害している等と指摘するなど,現行の福祉的就労のみならず社会支援雇用制度への問題提起ともなっている.当研究会としては,一般労働市場になじまない重度の障害のある人が現に存在することや,日本ではそうした人たちへの労働保障の実践の蓄積があること等を踏まえ,引き続き検討をすすめていきたい。 5.国際労働機関(ILO)第159号条約違反  2007年8月全国福祉保育労働組合(福祉保育労)は,日本障害者協議会(JD)および国際的な障害者就労支援組織であるワーカビリティ・インターナショナル(WI)の支援を受け,「日本政府の障害者雇用政策は,国際労働機関(ILO)が定める職業リハビリテーション及び雇用(障害者)に関する条約(第159号条約)および関連する勧告に違反する」としてILOに提訴を行なった.同提訴では,@授産施設等で福祉的就労に従事している障害者は労働法の保護が受けられず,極端に低い工賃と不平等な労働条件下におかれる等,働く障害のある人に一般労働者と均等な機会および待遇の確保を求める第159号条約等に違反していること,A障害者自立支援法により,授産施設や就労移行支援事業および就労継続支援事業で就労する障害者も利用料を負担しなければならなくなったことは「無料の職業リハビリテーションサービスの提供を求める」ILO第99号勧告(22項2)に違反していること等が主張された.  ILOは2007年11月の第300回理事会でその提訴を受理し,専門家委員会を設けてその内容を審査した結果を2009年3月に公表している.それによれば、「@授産施設で行われる作業に適用される基準は,国内事情を考慮する必要があるとは言え,機会及び均等などの条約の原則に従わなければならない.当委員会は・・・授産施設で行う作業を,妥当な範囲で,労働法の範囲内に収めることはきわめて重要と結論する.A当委員会は,就労継続支援B型事業の利用者に対して職業リハビリテーションサービスの利用料支払い義務が導入されたことについて繰り返し懸念を表明するものである」とする等,日本政府の障害のある人への就労支援政策に対し,多くの注文をつけた内容となっている. 以上の指摘からも現行制度の課題は大きく,思い切った制度改革が必要である(資料6). 6.国内外の実態から見えてくる社会支援雇用制度の必要性  B型事業所は多くの障害のある人が長期にわたって働ける職場としての役割が期待されているにもかかわらず,労働法が適用されないためそこで働く障害のある人は労働者ではなく福祉サービスの利用者と位置づけられる.これを克服し,障害のある人にとってディーセントワークが可能な職場にするには低工賃の改善,良質な仕事の確保,年金財源とも調整しつつ工賃とあわせて最低賃金以上の収入が得られるようにするための所得保障制度の整備等が必要である. 一方,福祉的就労の場から一般就労への低移行率の問題が指摘されるが,その原因として一般就労の場合には生活面や通勤時の支援がない場合が多いことや,障害のない人との所得や待遇の格差も大きいことが挙げられる.したがって福祉施策と労働施策が分断されている現状を改め,福祉的就労か一般就労かを問わず,働く場の環境整備と人的支援,家族依存から脱却できる所得の確保や生活支援等,障害のない人との格差を埋めていく仕組みの整備が必要である.  障害のある人の就業率が障害のない人と比べ低いのは欧州連合(EU)諸国でも同様であるが,誰もが就労を通して社会参加ができる「インクルーシブな社会」の実現に向け,EU諸国は障害のある人を労働市場に積極的に統合すべく取組みをすすめている.わが国においても障害者が他の者と平等な労働条件を伴う就労機会を確保するには質量にわたる一般就労の拡充・改善が必要だろう.加えて,一般就労になじまない重度の障害がある人への労働保障実践の蓄積や経済効率だけでは語れない支援の存在等を踏まえれば,一般就労以外の多様な就労の場も積極的に創出することが求められる.本提言は,その一環として後述の社会支援雇用の制度化を意図したものである.その制度化に際しては,障害者雇用促進法に基づく障害者雇用率制度を中心とした労働施策と障害者総合支援法を中心とした福祉施策に分かれて展開されている現在の就労支援施策を一体的に展開できるような仕組みに再編する必要がある. 本提言は,福祉施策と労働施策の二元モデルと福祉的就労の限界を乗り越えるための新たな仕組みとして提案するものである. 第2章 社会支援雇用制度とは  本章では社会支援雇用制度の考え方について述べていく.なお,2010年に内閣府に設置された障がい者制度改革推進会議のもとに設けられた総合福祉部会がまとめた「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言(2011年8月30日、以下、骨格提言))」に,就労支援の仕組みとして障害者就労センターとデイアクティビティセンターが提案されているが,社会支援雇用制度はこの提言と重なるところが大きい.障害者就労センターは障害者が必要な支援を受けながら働く場であり,そこで就労する人には労働実態に合わせて労働法を適用すること,官公需や民需の安定確保の仕組みの構築や同センターの経営基盤の強化,賃金補てんの制度化等により,そこで就労する障害のある人に最低賃金以上を確保することとしている.本研究会では,この骨格提言の内容を踏まえて,社会支援雇用制度を提言するものである(資料7). 1.社会支援雇用制度の概要  社会支援雇用制度は以下のように定義できる. 「社会支援雇用とは,何らかの障害があるために所与の状態のままでは,本人の希望,適性,ニーズ等にあった仕事につくことが困難な人びとが,必要な支援を十分に受けながら働く機会と生計の維持に見合う所得を得ることにより,障害のない人と同等の,人間としての尊厳にふさわしい働く権利を享有することを目的とした制度である」 図1は社会支援雇用制度の大枠を示したものである.社会支援雇用制度は,障害のある人がその労働人生においてどのような働き方を選択しても活用できるものであり,その支援は労働施策と福祉施策との一体的展開により提供されることが基本である.本研究会では,障害のある人が労働法の適用および個々のニーズに応じた福祉的支援を受けながら働ける事業所を社会支援雇用事業所と呼ぶ(詳細は後述). 図1 社会支援雇用制度のイメージ 2.社会支援雇用制度を実現するための法的な基盤づくり  社会支援雇用制度は、現行の障害者雇用促進法及び障害者総合支援法の枠組みによっては実現せず,働くことを支える仕組みを包括的に規定する労働法としての障害者就労支援法(仮称)といった新たな法整備を必要としている.その理由は以下の通りである.  第1に,一般就労は障害者雇用促進法,福祉的就労は障害者総合支援法という現行の縦割りの法制度では,働くことが二元化されてしまうからだ.障害の状況の変化や年齢等によって,同じ人でも働く場が企業から福祉的就労の場へと変化することもあるだろう.そうした場合でも働く上で必要な支援が切れ目なく提供されるには,一般就労と福祉的就労という二元構造を一元化した新たな仕組みが必要になる.  第2に,障害者雇用促進法は、納付金制度に基づく各種助成等に象徴されるように、主として、障害者を雇用する事業主を支援する法律であるため,障害者のニーズに即した施策という点では限界があるからだ.社会支援雇用制度は,1人ひとりが働くうえで必要とする支援を柔軟に提供することを意図したものである.  第3に,障害者総合支援法に基づく働く場であるB型事業所や地域活動支援センターで働く障害のある人は労働者とは認められず,福祉サービスの利用者としか見なされない.就労継続支援A型事業所(以下、A型事業所)で働く大半の人びとには労働法規が適用されるが,利用契約にもとづく利用料が発生するという課題があり,また平均工賃は年々下がっている(資料8).働くすべての障害者に労働法規が適用される社会支援雇用制度は,現行の障害者総合支援法の下では実現できない.  障害者就労支援法(仮称)は,一般就労から福祉的就労まで障害のある人が働くことを総合的に切れ目なく支える労働法で,現行の障害者雇用促進法を抜本的に改正するか,あるいは同法とは別の新たな法律として制定する必要がある.一方,働くことの基盤である生活への支援は福祉領域の法律によって提供されることになるが,この両者が相まって,1人ひとりの地域生活を支えることになる.  以上は社会支援雇用制度の基本的なイメージだが,そこにたどりつくまでに当面は以下のような措置が必要になる.  1つは,現行法の下でもB型事業所や地域活動支援センター等の福祉的就労の場で、働く意欲をもち実際に労働活動を行なっている人には,労働法に基づく保護を適用するべきである.これは,A型事業所で働く障害のある人の大半は、現在も労働法が適用されていることを考えれば,実現可能であろう.それとあわせ,障害者優先調達推進法の実質化による工賃の引き上げや所得保障制度の整備等により生計を維持できる水準の収入を確保できる措置を講じるべきである.  2つ目には,滋賀県や札幌市の社会的事業所制度,大阪府箕面市の社会的雇用制度等に見られるように,自治体独自の制度として一般就労以外の働く場で障害のある人に労働法規を適用する取組みを展開していることから,こうした先駆的取組みの有効性や課題等について明らかにするための試行事業を実施し,その結果を検証すること等が,社会支援雇用制度への理解を深め,その具体化を図るためのステップとして必要であろう. 3.社会支援雇用制度の適用範囲と対象者  社会支援雇用制度の対象者は、障害者基本法第2条で規定された障害者注1で,後述の社会支援雇用事業所で就労する障害のある人だけでなく,一般就労しており,かつ家庭や地域,職場等で支援を必要としている者もその対象と考える.また,在宅就業や自営等についても社会支援雇用制度の適用範囲に含まれよう.  なお,労働市場で人としての尊厳にふさわしい就労機会が得られないのは,障害のある人ばかりでなく,長期失業者,ニート,ホームレス,シングルマザーや在日外国人等も含まれる.そのため,社会支援雇用制度の対象は,将来的には障害者基本法に基づく障害者以外にも広げていく必要があるが,まずは障害のある人に焦点化することが,社会支援雇用の制度化にとって早道であろう.  また,社会支援雇用制度は、障害のある人への支援のみならず,障害のある人がその能力を十分発揮できるようにするための合理的配慮の提供をはじめとする職場環境整備並びに仕事の確保や販路開拓のための営業職及び就職後のフォローアップのための人員の配置等についての事業主への人的,財政的支援もその対象範囲に含む. 4.社会支援雇用制度の具体的内容 労働市場で職業上の困難をかかえる障害のある人が,他の者と平等に労働に参加できるようにするための支援には,人的支援・アクセシビリティ支援と所得保障等が必要である.以下に,社会支援雇用制度において包括的に実施される諸支援の具体的内容について述べる. (1)人的支援・アクセシビリティ支援(ハード・ソフト面での支援)  労働にかかる障害のある人への人的支援および物理的(ハード)・ソフト面でのアクセシビリティ支援の具体的な内容としては以下のようなものがあげられ,いずれも期限の定めなく提供される. @ 通勤の支援   通勤時の同行支援,最寄り駅から職場までのリフト付きバス等による送迎,自家用車による通勤者向けの駐車場の確保等障害故に必要な通勤の支援.  A 就業時の支援   障害故に必要な就業時の支援には,つぎのようなものが含まれる. a. 業務上の作業補助・支援(ジョブコーチやジョブサポート等) b. コミュニケーション支援(意思決定支援を含む) c. 生活介助 d. 就業時間の配慮 e. 施設・設備の調整(支援機器の入手や変更を含む)    社会支援雇用制度において提供すべき支援内容を示したが,これらは障害者雇用促進法において提供が義務付けられた合理的配慮の内容と重なる部分もあるため,両者の整理が必要であろう. 2013年に改正された障害者雇用促進法には、障害者権利条約批准に向けての対応として,障害のある人に対する合理的配慮の提供義務が盛り込まれ,2016年に施行されることとなった.これによって,事業主は障害者が職場で働くにあたっての支障を改善するための措置を講ずることが義務付けられたが,当該措置が事業主に過重な負担を及ぼす場合は除くとされている.しかし,障害のある人のディーセントワークの実現を目的とする社会支援雇用制度では,過重な負担を理由として合理的配慮を提供しないことは原則として認められず,何らかの形でそれを提供するよう最大限の努力が求められる.また,障害者雇用促進法にもとづく合理的配慮の内容の決定にあたっては障害者の意向を十分に踏まえた上で事業主が行うことになり,必ずしも障害者側の了解が前提とはなっていないが,社会支援雇用制度で提供される合理的配慮の確定は、障害のある人本人の合意を前提とすることになる(資料9). (2)所得保障   障害者権利条約第27条は,障害のある人が「自由に選択し,又は承諾する労働によって生計を立て」得ることを権利として明記している.しかし,障害のために生計を維持しうるだけの稼働収入が得られない場合も想定され,その不足する部分について何らかの形で公的に補う措置を制度化する必要がある.そうした所得保障や生活支援の仕組みを整備することによって日本の積年の課題の1つである家族依存の障害者支援からの脱却を図り,地域で自立した生活を営むことが可能となる.  こうした措置の1つとして賃金への補助等が考えられるが,その制度化にあたっては,現行の障害者の所得保障制度(障害年金等)との調整や国民的な理解の下での新たな財源の確保も含めた検討が必要である.また,障害者を雇用する事業主が生産性を上げ,生産物の付加価値を高めること,障害のある従業員の能力開発により,所得保障のための補助等を縮小させること,あるいは補助がなくとも最低賃金以上の賃金を支払うことを目指すといった取組みが同時に求められる.さらに,賃金への補助の実施方法としては障害のある人の労働者性を配慮する観点から,事業主を通じて賃金の一部として支給すべきとの意見がある一方,現行の障害年金との調整を経て本人に直接支給する方法もあり,引き続きの検討が必要である.  なお,現行の雇用調整助成金や特定求職者雇用開発助成金等も賃金を補助するための仕組みではあるが,その助成期間が2〜3年と限られており,その期間が過ぎると雇用が打ち切られる傾向がある.社会支援雇用制度における所得保障の仕組みは、必要な間は適用されるものを意図している. 5.社会支援雇用事業所の整備 1)社会支援雇用事業所の概要とその対象者  社会支援雇用事業所は,前述の社会支援雇用の対象となる障害のある人のうち,一般労働市場での労働が困難な人に対して,必要な人的支援や所得保障等,個々のニーズに応じた支援を提供することにより,一般労働者と同様,労働法(労働基準法,最低賃金法,労働安全衛生法,および労災保険法等)が適用される事業所であり,ディーセントワークの実現を意図したものである.同事業所で就労する障害のある人のうち,一般就労・自営を希望する人については,ハローワーク等の労働関係機関等と密接に協力・連携し,一般就労・自営への移行支援および移行後のフォローアップ支援を積極的に行う.その際,トライアル雇用制度を障害のある人のニーズに対応するよう見直す等、現行制度の修正も求められるだろう.同事業所の就労期間には期限を設けず,利用料の徴収はしないこととするべきである.  本研究会が提案する社会支援雇用事業所は,ディーセントワークの実現を第一義的な役割としつつ、多様なニーズにも対応する事業所を想定している.そして,現在,障害者総合支援法等に基づいて設置されている各種事業のうち,授産施設(社会事業授産と生活保護授産),就労移行支援事業,就労継続支援A・B型事業,働くことを主とした生活介護事業,地域活動支援センター,小規模作業所等が,社会支援雇用事業所となりうる. ただし,社会支援雇用事業所として満たすべき一定の要件(働く人のうち一定割合以上が障害のある人であること,障害のある人の労働条件の向上等の実績等)が必要である.また,障害のある人への就労・生活・アクセシビリティ支援の専門性を備えるとともに,障害年金等とあわせて生計が立てられるだけの賃金を支払うのに必要な売上げを確保できる経営能力を併せ持つ事業所であることが求められる.  なお,社会支援雇用事業所と現行のA型事業所や特例子会社とは類似の部分もあるが,A型事業所では雇用契約とともに障害福祉サービス利用のための利用契約を結ぶことが求められるのに対し,社会支援雇用事業所では対象者が必要とする就労・生活・アクセシビリティ支援が提供されるものの,それはあくまで労働者の権利として提供されるものであり,利用料の負担を原則とした利用契約の締結は求められない.また,特例子会社は一般就労の一部に位置づけられることから,社会支援雇用事業所はこれとは異なる役割を果たすことになる(資料10). 2)一定レベル以上の賃金を支払うための仕事の確保と経営努力  社会支援雇用事業所が、障害年金等とあわせ最低賃金以上の賃金を支払うための収入を確保するには,仕事の安定確保が不可欠である.そのためには,官公需の優先発注,随意契約や総合入札制度を促進する一方,民間企業からの発注促進が重要である.つまり,「国等による障害者就労施設等からの物品等の調達の推進等に関する法律」に見られるような一定の調達方針の法制化や,企業からの仕事の発注量や企業に出向いて働く施設外就労をその企業の障害者雇用率に換算する制度の導入,および発注促進税制の拡充等が求められる.また,仕事の受注や分配,生産管理や品質管理,市場開拓,技術的支援等を行う共同受注窓口を基本的には市区町村ごとに設置することもきわめて重要である. ただしこうした制度や仕組みの整備に加えて、生産力を高め、収益増につなげることや売上げを増やすためにマーケティングを強化する等、個々の事業所の経営努力が不可欠であることを銘記すべきである。 3)障害のある人の経営への参加  社会支援雇用事業所の特徴の1つとして,事業所の経営や意思決定過程への障害のある人の参加が必須である.さらに障害のない労働者との対等性も担保されなくてはならない.  社会支援雇用事業所で働く障害のある人は,労働者としての当然の権利である,労働組合に加入したり,労働組合をつくること,あるいは同事業所で働く障害のある人の代表が,障害のない労働者と対等の立場で,事業所の経営のあり方等について協議する経営協議会等に参加したり,その労働環境・条件の改善等について,事業所を設置・運営する法人等と交渉する権利が認められる.  ちなみに,滋賀県等が制度化している社会的事業所や大阪府箕面市が制度化している社会的雇用の場である障害者事業所の助成要綱には,それらの事業所への助成の条件として,「事業所の経営機関に障害者自身が参加していること」等が掲げられている.これは,社会支援雇用事業所の経営や意思決定過程への障害のある人の参加をすすめる,先駆的な取組み事例として参考になろう. 4)障害者雇用にかかる企業への支援  社会支援雇用事業所の役割として,前述の就労支援や生活支援と同様に重要なのは,障害のある人の雇用にかかる企業の取組みへの支援である.障害のある人が他の従業員と平等に仕事に携われるようにするための合理的配慮や必要な支援の提供の仕方についてのノウハウを企業関係者に提供することは,社会支援雇用事業所の本来業務の1つである.そうした支援活動を通して企業と密接な協力関係を築くことは,障害のある人がその企業に採用されたり,あるいは,企業からの仕事の受注にもつながる.また,企業から売り上げ増加や生産性,付加価値を高めるための経営ノウハウの提供を受けることも可能になる.こうした取組みを通じて,社会支援雇用事業所と企業との新たな関係性を将来にわたって発展させることにもつながるだろう. 6.働くための総合的な相談支援窓口(就労相談・調整センター<仮称>)の設置  従来の相談支援機関等を改組あるいは機能を付加することで,就労支援を含む,総合的な相談支援窓口を市区町村に設置する.人口約10万人に1か所ほどの総合性をもったワンストップの地域支援センター等も考えられるが,ここでは,就労支援を主な役割としつつ他機関との連携により総合的に支える就労相談・調整センターを提案する(図4参照).  そこでは,就労等にかかる障害のある人自らの選択と決定を支援するため,本人の希望,適性,特性やニーズ等について総合的なアセスメントを行い,やりがいのある仕事と十分な所得,安定した生活の確保をめざす.ハローワークとの連携を前提とし,個々の障害のある人に対して働く場所の選択を支援し,同時に,社会支援雇用事業所で働く本人にとっての適切な労働条件や,それと関連する妥当な所得保障の水準を検証する.また,障害のある人を雇用する企業等に対する助言・支援も同センターの重要な役割である.  なお,社会支援雇用事業所での労働条件全般や就労相談・調整センターの対応等に不服がある場合,障害のある人またはその代理人は,第三者機関に不服申し立てをすることができる仕組みを整備する.  労働施策と福祉施策が二分されている現行の硬直的な制度では対応しえていない障害のある人の労働・雇用問題の解決には,労働施策と福祉施策を一体的に展開できるような包括的な仕組みの構築が不可欠と言える。そうした観点から,就労相談・調整センターの設置にあたっては,従来の障害者就業・生活支援センターや地域障害者職業センター等の再編あるいは機能追加が必要である.現行の就労支援機関が,障害者雇用率制度に基づき,その対象となる企業を中心に量としての障害者雇用の改善に成果を上げているが,本研究会の調査結果や障害のある人の離職率の高さからみて,雇用率制度だけでは就労している障害のある人のディーセントワークの実現は困難であろう. 図4 地域における社会支援雇用の仕組みと機能 第3章 社会支援雇用制度実現に向けての基盤整備  本章では,前述の「社会支援雇用制度」を実現していくために求められる基盤整備について,3点指摘しておきたい. 1.障害のある人の就業や生活の正しい実態把握を 制度の構築にはその裏づけとなる実態把握が必要だが,既存の公的統計では障害のある人の就労や生活実態を正確に把握することは困難である.社会支援雇用制度の下で障害のある人が障害のない人と平等に労働に参加し、ディーセントワークを実現するため,障害のある人の暮らしの実態,障害のある人の就業実態を把握すべく全国的調査を政府が早急に実施すべきである(資料11). 2.縦割り行政組織の改革(福祉と労働の一体化を目指して)  社会支援雇用制度は,福祉か労働かの二元構造になっている現行の日本の就労支援施策への批判を出発点としている.現行制度では,福祉的就労に従事する人は労働法による保護を受けることができず,また,一般就労に従事するものは職場で福祉的な支援を十分に利用できない.こうした二元構造は福祉行政と労働行政の縦割りに起因し,この問題の解消なくしては,社会支援雇用制度は実現しない(資料12). 福祉施策と労働施策の統合こそが社会支援雇用制度実現につながる道であり,将来的には現行の福祉部局と労働部局を統合して障害者支援局(仮称)を創設することにより障害関連施策の担当部局を一元化する等,行政組織の再編が必要だ.さらに,障害のある人に特化した部局を発展的に解消してインクルーシブな就労支援施策を確立することが障害者権利条約の要請であろう.しかし,まずは期限を限定して障害者支援局(仮称)のような部局が必要である.  福祉と労働の連携による施策は部分的にこれまでも展開されてきた.そのひとつは障害者就業・生活支援センター事業であり,これは労働行政の所管の下で福祉行政と連携し予算も出し合い,課題はありつつも地域における就労支援分野で成果を上げてきている.また,福祉的就労の場にジョブコーチを配置して一般就労への移行を進める取組みも増えている.A型事業所とその前身である福祉工場も,福祉施策と労働施策の連携の一形態と言えよう.福祉と労働の融合への第一歩は,こうした連携の成果を踏まえてさらに一歩前進させることから始まる.障害のある人本人に着目した施策とその提供を可能にする行政組織の再編の手がかりは,現在の施策の中にもその端緒を見出すことができる. 3.障害のある人の多様なニーズにこたえるデイアクティビティセンターの創設 デイアクティビティセンターは,生計を立てるための収入の確保を主たる目的とした働き方を必ずしも希望しない障害のある人等に対して,作業活動を含む,多様なニーズに応じた日中活動や社会参加の場の提供を目的としたものである.このセンターは福祉施策にもとづいて設置されるが,作業の成果にもとづいて一定の工賃が支払われる等働く意欲を育てる取組みも可能である.同センターは,社会支援雇用制度には含まれないものの,それと密接に関連したものと位置づけられる(資料13). おわりに  障害者権利条約を批准した日本では,障害のある人の,他の者との平等を実現することが求められている.障害のある人の働く権利の確立は,日本でも立ち遅れた領域であり,本格的な取組みが必要である.本研究会でとりまとめた社会支援雇用制度は即時に全体が実現するのではなく,将来に向けての方向性を示したものである.この提言を段階的に具体化することが,日本における障害のある人の働く権利の確立に向けての取組みを前進させることを期待したい. 注1 「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む) その他の心身の機能の障害がある者であって,障害及び社会的障壁(障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物,制度,慣行,観念その他一切のものをいう)により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」 注2 2010年6月29日に閣議決定された「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」では,「障害者が地域において自立した生活を営むために必要な所得保障の在り方について,給付水準と負担の在り方も含め,平成25年常会への法案提出を予定している公的年金制度の抜本的見直しと併せて検討し,平成24年内をめどにその結論を得る.」とされたが,未だ所得保障(障害基礎年金等)の在り方について関連付けた検討はなされていない. 以上